過去の学術研修会ー第45回学術研修会講演会事後抄録ー


講師:関崎 和夫先生
(新潟県見附市開業)

咬合誘導 - 切歯交換期から始める矯正の利点と欠点

う蝕激減! 今、まさに咬合誘導の時代!
 近年、8020運動の普及により、う蝕・歯周病予防に関する理解が歯科医師のみならず多くの国民にも浸透し、カリエスフリー子供たちが増加してきています。また成人においても、う蝕、歯周病による修復・補綴治療は激減してきています。
 新潟県は12年連続12歳児う蝕歯数が日本で一番少ない県として記録を更新しました。(H23年度、0.68本)全国的にもう蝕予防が浸透し、う蝕0の子供たちが増加してきています。しかし、幼児期からう蝕予防してきたのに、永久歯列完成期には不正咬合になっていたという患者が多いことに気づきます。当院ではこれらを避けるために、う蝕・歯周病予防と併行して、切歯交換期からの咬合誘導(予防矯正)を行うことにより、健全な歯列の完成を目指しています。現代はカリエスフリーの時代で、う蝕が少なくなり、患者数が激減していると嘆いている歯科医師も多いようですが、う蝕治療にわずらわされず、今、まさに咬合誘導に専念できる大変良い時代になったと考えています。

不正咬合の芽をどのように見つけたらよいか?
 乳歯列期にすでに生じている不正咬合を見つけ、その乳歯列がその後どのような永久歯の不正咬合になっていくと予測・診断するのはそんなに難しいことではありません。乳歯列期の反対咬合、叢生、顎偏位、開咬、狭窄歯列などの不正咬合はそのまま放置すれば、永久歯列でほぼ同様な不正咬合に移行していきます。また乳前歯の癒合歯は永久前歯の先天性欠如または叢生を生じることが多く、乳臼歯の先天欠如はその後の永久歯列に大きな影響を及します。しかし大変難しいのは健全と思われる乳歯列から不正咬合の"芽"を見つけ出すことです。乳歯列の多くは健全乳歯列ですが、永久歯列になると、なんと3人に2人(65.1%)が不正咬合に移行します。それらの事実を家族だけでなく、一般臨床医(General Practitioner:以下GPと略)もその多くは知りません。
 ではどのようにして、一見健全に見える乳歯列から見つけ出せばよいのでしょうか? 当院では幼児の口腔内からではなく、ご家族の遺伝的な要因を把握し、そこから幼児の永久歯列を予測し、不正咬合になりそうな遺伝的要因があるご家族にはあらかじめ説明をしています。不正咬合は遺伝的な要素が大きいため、ご両親や兄弟姉妹、祖父母の顔貌や歯列の状態を熟知しておくことは大切です。その情報を得るためにはファミリーデンティストとして、歯科医院が機能していることも重要なポイントとなります。

早期治療の成否のポイント
咬合誘導というと「小児期におけるやさしい矯正」と考え、安易に行っているGPも多くいます。将来はさらにカリエスフリーが進行し、今ブームの審美補綴・審美修復やインプラントも少なくなり、今後は咬合誘導の時代が来るからと、ますます安易に咬合誘導を始めるGPも多くなることが予想されます。
咬合誘導は決してやさしい矯正ではありません。たとえ1~2歯の不正咬合でも、発育成長期の矯正には予期せぬ成長が見られることが多々あります。咬合誘導に失敗したからと途中で投げ出し、矯正専門医に依頼するGPも多いと聞ききます。しかしそれは医療人として許される行為ではありません。咬合誘導を行うにあたっては、小児の歯牙・歯列・歯槽部・咬合の成長発育を小児歯科専門医並に熟知し、歯牙の移動を行なう場合は矯正専門医並みの診断能力と矯正技術は必要不可欠で、それを習得するためには不断の努力が必要です。 もしGP本人が行うのなら、矯正専門医でないことを自覚し、自分の矯正技量・能力など身の丈を考え慎重に行うべきであり、できもしない咬合誘導に手を付けるべきではありません。GPにとっては症例の難易度を見分けること、自分の矯正技量・能力を冷静に判断することが一番難しいのですが、それに不安があれば、はじめより何も着手せず矯正専門医にすべてを委任すべきだと考えています。

上顎拡大と下顎拡大の理論と実際
歯をできるだけ残すという観点から、矯正治療においてもMIが望まれ、患者側および歯科医師双方に非抜歯治療の要求が非常に高くなってきています。非抜歯矯正治療を達成するためには歯列弓の拡大は避けて通れません。どんな症例においても単に歯列弓を上顎は上顎で、下顎は下顎で拡大し並べるのは簡単です。しかし、上下顎は咬合しなければなりません。前後的には上顎前突、下顎前突、上下顎前突にならないように、また水平的には左右顎偏位にならないように、垂直的には開咬や過蓋咬合にならないように、上下顎の咬合関係にいつも気をつけなければなりません。またその上に上下顎の咬合の緊密化を図らなりません。しかし歯列を限度なく拡大し、臼歯部が交叉咬合になっているような悲惨な症例も見受けられ、このような安易な拡大・非抜歯矯正治療に筆者は大変憂慮しています。Tweedの抜歯基準をはじめ基本的な抜歯基準の診断・分析や咬合を緊密化する基本矯正技術などは最低限学んでほしいと考えています。患者が非抜歯を強く希望するからといって、また歯科医師自身が非抜歯にしたいという思いだけで非抜歯・拡大矯正治療を行うべきではありません。
また最近ではマルチブラケット法を熟知している矯正専門医でも非抜歯・拡大矯正治療はブームです。叢生の重度の症例でも、本来その個人が有している歯列弓形態や従来の理想的とされる歯列弓形態を無視してまでも歯列弓を拡大し、強引に非抜歯症例にしているような文献が散見されます。動的治療終了後、拡大された歯列が長期にわたって安定を保っているという文献はほとんどありません。上顎歯列弓は拡大後安定している場合もありますが、特に下顎歯列弓は後戻り量が大きく、下顎永久犬歯が完全萌出後に犬歯間幅径を拡大した症例は、その部位の後戻り量はどの部位に比べても大きくなります。その拡大された歯列弓を保つために、下顎犬歯間に永久保定する、または夜間着用するパジャマのように可撤式の保定装置を一生つけ続けるというというのも一法でありますが、非抜歯・拡大矯正治療はその安定した予後に対してのエビデンスが大変少ないため、まだまだ慎重に取り組まなければならない治療です。

安易な床矯正による非抜歯・拡大治療は大変危険!!
咬合誘導(狭義)を行うに当たって、スタンダードエッジワイズ法などの基本的な矯正治療を学ばず、簡単そうだからと床矯正装置だけによる矯正治療を取り入れるGPが多くなってきました。どんな症例でも無理に床矯正装置という単一の方法で対処し、すべて非抜歯で、すべて床矯正装置で可能というような文献や書籍も散見されます。安易な考えの基で行なう床矯正は患者を悲しませるだけです。床矯正装置による矯正治療は症例によってはマルチブラッケット法に劣らず、すばらしい効果を発揮できるケースも多々認められますが、思ったような歯牙の移動ができないこともあり、調整は意外に難しく、熟練を要します。
すべてがすべて床矯正装置で治療できるわけはなく、適切な症例を選択し用いるべきです。また、床矯正装置で矯正をはじめ、治療途中でその方法に限界があった場合、すぐにマルチブラケット法や他の方法で対処できる技量の蓄積または矯正専門医との緊密な連携治療は必要不可欠です。

まとめ
? 咬合誘導-切歯交換期から始める矯正は、永久歯列完成期からの治療では抜歯症例になるような
 症例も、非抜歯で改善できる症例が多く認められた。
? 切歯交換期からの矯正は、永久歯列完成まで非常に長期にわたるため、患者及び歯科医師に多大
 な負担を生じやすい。
? 切歯交換期からの矯正は、治療が大変長期にわたるが、う蝕・歯周病予防と併行して定期管理を
 行うことにより、う蝕0、歯周病0の健全な歯列と咬合関係を持つ永久歯列へ誘導することが可
 能である。

今回は大変拙い講演となりましたが、少しでも皆様のお役に立てれば幸いです。

主な著書あるいは論文
1.関崎和夫:咬合誘導-下顎歯列弓拡大を検証する1~4.
  The Quitessence 2009;28(3):70-80,28(4):82-90,
  28(5):94-112,28(6):84-98.
2.関崎和夫:咬合誘導を考える.叢生治療の現在:下顎歯列弓拡大について(Ⅰ~Ⅲ).
  The Quitessence 2003;22(9):157-169,22(10):177-191,
  22(11):187-199.
3.関崎和夫:疾病減少の近未来を見据えた"包括的予防型歯科医院"の構築
  The Quitessence 2007;26(5):37-47.
4.関崎和夫:上顎歯列弓拡大を考える1~3.
  The Quitessence 2010;29(10):86-94,2011;30(2):104-117,30
  (4):120-137.
5.関崎和夫:効果的な早期歯列弓拡大とその限界
  日本歯科評論2012;(838号),85-95,72(8).

講演内容に関わる臨床等の写真

       乳歯列骨格性反対咬合を切歯交換期に前歯部被蓋を改善 → 正常歯列に

     切歯部叢生歯列を切歯交換期に下顎をシュワルツの装置で拡大 → 正常歯列に



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ランチョンセミナー


講師:杉浦 剛先生
(岩手医科大学歯学部
 非常勤講師)


「定期歯科受診行動に影響を及ぼす要因分析」

近年わが国では「8020運動」や健康日本21の普及により、国民の口腔の健康増進に関する関心が高まっている。歯周病による歯の喪失は、定期的な機械的歯面清掃と口腔衛生指導により予防可能であり、定期歯科受診者の増加が歯の喪失防止に寄与している可能性は高い。そこで、本講演では演者がこれまでに行ってきた研究のうち、マーケティングの手法を用いて定期歯科受診行動に関わる要因分析を行った3つの事例について報告した。

 まず、大学付属病院予防歯科外来において、リコールに応じてメインテナンスを目的に、定期的に受診している者106名を対象にアンケート調査を行った。アンケート調査から1年後、定期的な受診を継続していた者と受診を中断していた者を比較した結果、口腔関連QOL(GOHAI)の極めて低い者(40点未満)は受診を中断する割合が高かった。一方、定期的な歯科の受診に対して「安心」または「気持ち良い」と感じている者は受診を継続する傾向にあった(図1)。また、継続していた者と中断した者の受診継続期間を比較した結果、中断した者の平均は3年であった。このことから定期的な歯科の受診が定着する目安は3年であると考えられた(図2)。

 次の事例では岩手県在住の55~64歳の男女600名ずつ(計1200名)を対象に「歯の喪失」に関する意識調査を行った。599名(49.9%)から回答が得られた。結果は共分散構造分析により「歯の喪失」に関する健康行動モデルが検討された(図3)。歯の喪失に関する健康行動モデルの検討により、「定期的な歯科の受診行動」と関連が認められたのは、「定期歯科受診行動の障害」と「行動のきっかけ」であった。「定期歯科受診行動の障害」は「時間がない」「くたびれる」など、定期歯科受診行動を妨げる要因であり、これらの意識を改善していくことは難しいものと考えられた。「行動のきっかけ」に含まれる項目は「歯科医師の説明」「歯科衛生士の説明」であり、これらの要因を強化していくことが定期的な歯科の受診行動を促していくものと考えられた。

 3番目の事例は年に1回以上定期的に歯科を受診している者で、Web調査会社に登録している岩手県在住の30~59歳で男女400名を対象に、Web上で定期的な歯科の受診に関するアンケート調査を行った。事例1の結果をもとに、定期的な歯科の受診の継続期間により、3年未満を受診「開始群」、3年以上を受診「継続群」として、比較検討を行った。自由回答形式で得られた「定期歯科受診の目的」を分析することで、継続群は開始群と比較して「定期歯科受診の目的」について「むし歯」「歯石」「除去」という単語を書いている割合が多かった(図4-6)。このことから、定期的な歯科の受診が3年以上継続している者は「むし歯(予防)」「歯石の除去」などの目的意識をもって受診しているものと考えられた。事例2の結果をふまえて、歯科医療従事者が患者に対し、定期的な歯科の受診に関する目的意識をもたせることが受診の継続につながるものと推察された。

 これら3つの事例より、定期歯科受診行動の定着に関して主観的に大切だと思われていた事が、客観的なデータとして表現することができたと考えられる。 今後、これらの調査結果を地域歯科医療の現場でご活用いただくことで、地域住民の口腔保健の向上に寄与できれば幸甚である。
















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