過去の学術研修会ー第60回学術研修会講演会事後抄録ー


講師:松丸 悠一 先生
(フリーランス総義歯治療専門歯科医師)
■午前の部・午後の部

総義歯治療のマネジメント - 失敗しないためのKey point


   本講演では本題に先立ち、遠藤義樹先生より疾病治療と再建治療の違い、そして再建治療においてはそのエンドポイントが患者依存であることの解説があった。義歯の良否の判断は患者が使用して評価すること、そして義歯のクォリティは歯科医師の良心として担保することを強調された。
   次に演者の紹介として総義歯臨床を専門に行っていること、臨床で主に行っている以下の2つのアプローチについてその目的と治療手順について解説した。
・複製義歯を用いた義歯改造
・治療用義歯を応用した新義歯を製作

   本講演では演題である「総義歯治療のマネジメント」について以下の3つのコンテンツにわけ解説を行った。
・総義歯治療に必要なもの
・難症例とDynamic Impression Methods
・形態から捉える問題解決のKeys

   まず「総義歯治療に必要なもの」として、総義歯が可撤性であることから装着してもらうための高い患者満足がまず必要となること。そしてそのためには適切な顎間関係と患者の順応、そして術者患者関係が重要であることをいくつかの文献を参考としてあげながら示した。



   つぎに「難症例とDynamic Impression Methods」では、従来から対応の難しい無歯顎患者が存在し、その対応法が考えられてきたことに触れた。そして総義歯製作にあたってはマネジメントのポイントとなる適切な顎間関係の付与、患者の順応・適応程度の予測、良好な術者患者関係の構築を義歯完成前までに行わなければならないが、治療用義歯という治療オプションを選択することでこれを時間軸を使いながらマネジメントすることが可能であると解説した。同時に筆者が治療用義歯と併用して用いているダイナミック印象も時間軸を使いながら受け入れられる形態を調製できることが有効性の主たるものであるとの考えを提示した。



   ダイナミック印象についてはティッシュコンディショナーの基礎的知識として粉液比を変化させることにより目的に応じた物性を得ることが可能であること、そして技術的要点としてティッシュコンディショナーを貼付するまえの義歯外形を周囲軟組織の動きを妨げないよう十分に調整すること、そして貼付の際にティッシュコンディショナーをフローする方向に配慮しながら配置することなどが重要であることを症例を交えながら示した。



   最後のコンテンツである「形態から捉える問題解決のKeys」では手技手法にこだわるのではなく、与えるべき形態が問題解決のKeysであること、そして総義歯臨床では形態の問題を解決して機能が回復しやすい環境を整えることが大切であるとの筆者のコンセプトを提示した。
まず適切な形態の特徴とその形態を引き出すための方法論について、それぞれ特徴的な症例を提示しながら解説した。要点を以下に列挙する。

上顎義歯粘膜面について
・基部から可動するフラビーガムを認める症例では、意識してフラビーガム周囲の組織に支持を求める必要があること。
・頬小帯部はその運動方向を配慮して、粘膜面観から特に薄くならないよう注意すること。
・バッカルスペースはしっかりと床で満たすよう配慮すること。

上顎義歯研磨面について
・リップサポートの回復にあたっては失った組織を適切に補うことを意識し、前歯人工歯から唇側床縁までの連続性を確認すること。
・高度に吸収している症例では頬小帯部からバッカルスペースにかけて、バッカルサポートが得られるようなボリュームを付与すること。

下顎義歯粘膜面について
・唇側床縁設定にあたってはオトガイ筋の付着部とオトガイ棘を確認し、これを認識した床縁設定であること。
・下顎粘膜面に下顎骨舌側の骨縁が含まれていること、床縁が顎骨を越えた口腔底軟組織上に位置すること。
・顎舌骨筋フレンジの遠心部は舌房を考慮し厚くならないよう配慮すること。

下顎義歯研磨面床縁について
・口輪筋、頬筋が収縮したときの周囲軟組織の緊張をイメージし、これを維持に活かす研磨面を付与すること。
・下顎舌側床縁は咬合平面におよそ平行になり、解剖学的理由により前方から後方に向かってわずかに浅くなること。



   次に口腔内における評価のポイントとして、治療用義歯製作時における蝋義歯試適の症例から蝋義歯試適時の重要性と試適時に可能な限り義歯の質を確かめるコンセプトを提示し、その際に「維持」、「支持」、「安定」、「審美」、「発語」、「嚥下」と6つの要素にわけて確認していく筆者の手技を解説した。要点を以下に列挙する。

・上顎床後縁が軟口蓋の強い可動域を避けているか。
・上顎大臼歯相当部においてバッカルサポートが得られているか。
・翼突下顎ヒダと最後人工歯臼歯の関係は適切か。
・耳下腺乳頭と上顎大臼歯部咬合平面の関係は適切か。
・人工歯固有咬合面方向に加圧しても転覆しないか。
・舌背と咬合平面の位置は適切か。
・リップサポートは適切か、オトガイ唇溝は適切に表現されているか。
・下顎臼歯部はニュートラルゾーンに設定できているか。
・開閉口運動やタッピング、偏心運動で維持が損なわれないか。
・人工歯中切歯正中は咬合器と口腔内で一致しているか。
・開閉口路は咬合器上と口腔内で一致しているか。
・咬合器上と口腔内で咬合接触点の位置は一致しているか。
・下顔面に不自然な緊張がないか。
・発語や嚥下に違和感はないか。
・審美的な上顎中切歯の位置、正中、咬合平面は適切か。



   最後に動画にて症例を提示しながら、無歯顎患者のマネジメントはマクロな視点からのアプローチが必要なこと、そして義歯の質のマネジメントは形態回復への正しい認識と慎重な確認から可能となることを解説し、講演を終了した。




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講師:宮本 郁也 先生
(岩手医科大学歯学部
口腔顎顔面再建学講座
口腔外科学分野 准教授)


■ランチョンセミナー

超高齢社会における口腔外科疾患


   我が国は、どの国もこれまで経験したことのない超高齢社会を迎え、医学的な問題をかかえた高齢患者が増加している。日常診療においても全身的背景を考慮した様々な口腔疾患の診断と治療が求められる機会が増えてきた。この講演では、口腔外科や口腔内科的に見た超高齢社会の患者における注意点について述べてみたい。
   口腔内は、歯、口腔粘膜や骨など様々な組織が存在する。それぞれの組織は"生きて"いるため組織が代謝し、細胞が入れ替わる。若年者と高齢者とでは、口腔内組織が大きく変化している。例えば高齢者における智歯抜歯は、手術手技は若年者と同じでも、術後の経過が全く異なる。術後疼痛が続き、上皮化が遅延するのは手術手技のためだけではない。高齢者の埋伏智歯は、慢性の炎症を繰り返していることが多い。そのような刺激は、歯肉、骨や骨髄などへダメージを与え続ける。慢性的な刺激は、典型的にはパノラマエックス線の画像上で骨硬化像としてあらわれてくる。この部位をCTや、組織学的検査を行って調べてみた。その結果、CT画像上では海綿骨部分が骨硬化を起こし、組織学的には、骨細胞が減少し骨硬化を起こしつつ、慢性硬化性骨髄炎の所見を呈してくる。つまり抜歯の手技は同じでも、骨は硬くなり、しかも細胞が減少しているため治癒も遅くなる(図1)。60歳以上の埋伏智歯は、高率に周囲の慢性硬化性骨髄炎を併発していた。
   現在,本邦において口腔がんは増加している。これは喫煙や飲酒と直接の関係はなく、加齢変化に伴う高齢者の口腔癌が増加しているためと考えられる。高齢になるほど歯肉や口腔粘膜などの上皮組織は、様々な原因で癌化する可能性があることを示しており、特に従来、前癌状態や前癌病変などと呼ばれていた病変が重要である。2017年に改訂されたWHOの頭頸部腫瘍分類(第4版)では,口腔の前癌病変と前癌状態の区別をなくし口腔潜在的悪性疾患(oral potentially malignant disorders)という用語が提示された。該当する疾患として、紅板症、紅白板症、白板症、口腔粘膜下線維症、先天性角化異常症、無煙タバコ角化症、逆喫煙による口蓋角化症、慢性カンジダ症、扁平苔癬、円板状ループスエリテマトーデス、梅毒性舌炎、光線性角化症の12疾患が含まれている。特に口腔扁平苔癬と白板症が臨床的にもよく遭遇する疾患である。口腔扁平苔癬は、本邦では約1%の国民が罹患しており、その約1%が癌化すると言われている。口腔白板症は、観察期間が長いほど癌化率は高くなり、10年累積癌化率は2.4~29.0%と報告されている。癌化には性別、年齢、臨床型、部位、発症様式、上皮異形成の有無等が影響する。女性の白板症は癌化しやすく、50歳以上では癌化しやすい。このような口腔潜在的悪性疾患の治療方針は、経過観察もしくは外科的切除となる。病変切除の基準は施設によって異なり、当施設では中等度以上の上皮異形成を認めた場合、切除対象としている。このような病変の診断治療に関しての新しい取り組みとして、超拡大内視鏡を報告した。従来の内視鏡の拡大率が技術の進歩によって細胞レベルまで観察できるようになった(図2)。このような機械は肉眼で診察し、細胞診や生検を施行していた従来の処置方法を根本的に変えてしまう可能性がある。
   現在、本邦においては約2人に1人ががんに罹り、約3人に1人ががんで死亡すると言われている(図3)。一般的に手術、薬物療法、放射線治療などが施行される。このようながん治療が、口腔に対しどのような影響を与えるのか認識する必要がある。デノスマブは悪性腫瘍の骨転移に対し、癌治療の一環として投与されているものである。治療に伴う有害事象による薬剤関連性顎骨壊死などは典型的な例である(図4)。
   このように加齢や疾病に伴って全身的、局所的に身体は変化し、治療に伴った変化も生じうる。われわれには、患者の全身的、局所的な状態を把握し、最適な治療を行うことが必要とされる。このような患者では、外科的な処置が難しい場合もあり、口腔内科的なアプローチも有効である。超高齢社会で求められる"安心、安全な治療"は、このような観点からも検討する必要があると思われる。


図表の説明
図1


   若年者から高齢者への水平埋伏歯周囲骨組織の変化を示す図。海綿骨部分の骨密度の上昇を認め、骨硬化像が観察される。その際、骨細胞は慢性的な炎症によりその数を減少させてゆく。Miyamoto I et al. PLoS One. 2013 Sep 10;8(9):e73897


図2


写真は、
左上 従来の細胞診による、細胞を示す。
右上 新しく開発された超拡大内視鏡を用いて、歯肉癌を直接内視鏡で確認した写真。生検を行なわずに直接細胞レベルの画像を得られる。
下段 従来の組織診を示す。
Endocytoscopy for in situ real-time histology of oral mucosal lesions
I Miyamoto et al. IJOMS 47, 896-899.


図3


平成29年(2017) 人口動態統計月報年計(概数)の概況より主な死因別に見た死亡率(10万人対)の年次推移を示す。約一世紀の間に感染症による死亡率の大幅な低下と近年の悪性腫瘍による死亡率の増大がわかる。
平成29年(2017)人口動態統計月報年計(概数)の概況.厚生労働省.2017年
https://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/jinkou/geppo/nengai17/index.html. (参照2018-12-01)


図4


写真は前立腺癌の多発骨転移により、デノスマブを投与された患者の口腔内である。インプラント周囲に骨露出を認め、薬剤関連性顎骨壊死と診断された。インプラント治療は問題なく、メンテナンスも十分行われていた。しかし、薬剤の投与により症状が出現した。




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