過去の学術研修会ー第61回学術研修会講演会事後抄録ー


講師:堀之内 康文 先生
(公立学校共済組合
   九州中央病院
   歯科口腔外科部長)
■午前の部・午後の部

「開業医のための安全で手際の良い抜歯・小手術 ー動画供覧も含めてー」


   痛くなくて良く効く局所麻酔法、外科の原則と基本、普通抜歯(残根歯、転位歯、歯根彎曲歯、歯根肥大歯、歯根離開歯、骨性癒着歯)、埋伏歯抜歯(上下顎埋伏智歯、上顎正中埋伏過剰歯)、各種外来小手術(膿瘍切開、歯根端切除術、口蓋隆起切除術、下顎隆起切除術、舌小帯延長術、上唇小帯延長術、粘液嚢胞摘出術)、術後管理についてスライドで講演し、また抜歯、各手術を動画で供覧した。

1.痛くなくて良く効く局所麻酔
   1)局所麻酔をきちんと効かせることは歯科治療の"いろはのい"

   2)全身的偶発症は局所麻酔に関連して起きやすい
      =痛くない局麻、良く効く局麻で全身的偶発症を防げる。

   3)注射時の痛みの原因と痛みの軽減法

注射時の痛みの原因 軽減法

      ①注射針による組織破壊の痛
         =注射針の太さ
      ②薬液注入による組織内圧の上昇
         =歯肉の硬さ
            注入スピード
      ③注射液の温度
      ④患者の心理的状態


→   細い注射針を使う

→   軟らかい(=可動性のある)部位に
→   ゆっくりと注射
→   体温に近い温度
→   怖がらせない

   4)痛くなくて良く効く局所麻酔のコツとポイント(図1- ①、②)
      ①怖がらせない(緊張、恐怖感で疼痛↑)
      ②表面麻酔の使用(2分)
      ③細い注射針を使う(33G)
      ④最初は可動粘膜部に刺入(粘膜が変形して注入圧が緩衝されるため疼痛↓)
      ⑤強圧をかけずにできるだけゆっくり注入
         (1ctに2分または1滴/1秒、電動注射器の使用など)
      ⑥まず粘膜直下1ー2ミリの深さに注射(表面麻酔が効いているので痛くない)して
         3分待つ
         最初の注射は骨膜を麻酔することが目的。骨膜が麻酔されたら骨膜下に注。
      ⑦尺取り虫注射法(図2)で麻酔範囲を広げる(麻酔の効いている範囲の端に注射
         すると痛くない)
      ⑧下顎大臼歯部の麻酔が効かないのは、注射量が少ないことと効くまで待てないこと
         が原因
         皮質骨が厚く、根尖は舌側寄りにあり注射位置から遠い(図3)。
         粘膜表面直下注射、歯肉頬移行部の骨膜下注射後、歯間乳頭部に追加注射して
         最低10分待つ。
      ⑨どうしても効かない場合は骨内麻酔(図4)
         頬側皮質骨をラウンドバーで穿孔して骨内に直接注射する。
      ⑩「良く効く場所に、たっぷり打って、しっかり待つ」のがポイント
         (東京歯科大学歯科麻酔科 一戸達也教授のことば)

2.外科の原則と基本
   1)上手に手術する最大のポイントは「直視・直達」
   2)術野をよく見る、よく見えるように術野を作る
   3)切開が小さいほど手術が上手というわけではない
         十分な視野、操作性の良い広い術野を作ることが重要
   4)基本手技(切開、剥離、縫合、糸結び)は各手術の術式以前に習得すべき重要な基礎

3.抜歯
   1)抜歯に関するウソ・ホント

ウソ ホント
      ①鉗子で抜くのは野蛮
      ②力を入れれば抜ける

      ③切開をしないで抜くのが上手
      ④骨は絶対削るな
      ⑤歯の原形を保って抜け
      ⑥歯を小さくするな
      ⑦術者は動くな
   ①抜歯の基本は鉗子抜歯
   ②力の向きが歯の出る向きと違っていると
      出ない
   ③必要なら歯肉切開する
   ④必要なら骨を削る
   ⑤必要なら歯を分割する
   ⑥必要なら歯を分割または削去しても良い
   ⑦直視・直達できる位置に動く

   2)鉗子抜歯のポイント(抜歯の基本は鉗子抜歯!)
      ①つかめる歯質形態、硬さ、量が残っている時は鉗子で抜歯
      ②歯頚部の大きさと形態に合った鉗子を選択する
      ③歯軸と鉗子の軸を一致させる
      ④頬舌的にゆっくり倒して歯槽骨を拡げる
         残存歯質量(図5)、歯根の頬舌的彎曲によって有効な向きがある(図6)。
         一気に大きな力を加えると歯根破折。
      ⑤単根歯はねじりを加える

   3)ヘーベル抜歯のポイント(図7、8)
      ①ヘーベルを確実に歯根膜腔に入れる
         歯根膜腔を見つける、見えるようにする(=被覆歯肉の切除)
      ②ヘーベルが歯根膜腔に入らない時は、バーで歯根膜腔に相当するグルーブを形成
           (図9)
      ③歯根分割、骨削除する(図10)
      ④歯根の彎曲に沿った方向の力を加える(図11)
      ⑤有効な3つのブルーブを利用する(図8)

   4)いろいろな状態の歯の抜歯のポイント(埋伏歯以外)
      ①単根歯の残根(鉗子で掴めない場合)
         ・歯根膜腔に相当するグルーブを形成してヘーベルを使う(図9)。
         ・歯根をバーで分割(真二つでなくて良い)(図8の②、図10)。
      ②複根歯の残根(鉗子で掴めない場合)
         ・バーで分割して単根化して抜歯 上顎はT字に、下顎は近心根と遠心根に
         (図12、13)。
      ③骨性癒着歯
         ・歯根をバーで分割(真二つでなくて良い)(図8の②)。
            分割すれば癒着面積減少。
         ・片方の分割片を除去すれば残りの分割片と骨の境目がわかるので、
            この境目にバーでグルーブ形成してヘーベルを挿入する。
      ④歯根彎曲歯、歯根離開歯
         ・歯根をバーで分割(真二つでなくて良い)(図8の②)。
         ・歯根部のアンダーカット除去(歯根削除または周囲骨削除)(図10)。
      ⑤転位歯、便宜抜歯
         ・便宜抜歯は鉗子で(ヘーベルは使用しない)。
         ・隣在歯にブロックされて頬舌的に動かせないときは、隣接面をスライスカット
            して鉗子で抜歯(図14)。
      ※分割に使用するバー(図15)
         冠除去用バー(#1557、インプラントバーXXLがお勧め。
         ゼックリアは破折しやすく、長い刃部で歯肉損傷しやすいので使わない。

   5)上顎埋伏智歯抜歯のポイント
      ①第二大臼歯遠心部の智歯歯冠のアンダーカットは、絶対にタービンで分割
         しない!(図16)
         タービンによる歯冠分割は非常に困難かつ危険。
      ②埋伏智歯を下方(歯列咬合平面側)に出そうとするからアンダーカットになる
         のであって、歯冠を頬側に出せばアンダーカットにはならない(図17)
      ③抜歯手技(図18-①、②、③)
         ・埋伏智歯の歯冠部頬側の骨を、近心頬側隅角部の歯頚部が露出するまで
            丸刃の骨ノミで削除。
         ・丸刃の骨ノミを歯根に沿って槌打して、歯根部歯槽骨を拡げる。
            歯根部の骨を削除する必要はない。
         ・近心頬側隅角部の歯頚部に、歯列の真横(頬側)からヘーベルを挿入する。
         ・歯冠を頬側へ向けて出す。

      6)下顎埋伏智歯抜歯のポイント
         ※最大のポイントは、バーの先端を直視した歯冠分割と歯根を押し込まない
            ヘーベルの使い方。
      ①バー先端を直視した歯冠分割 
         ・視線の延長線方向に、広い分割幅で、分割バーの先端を直視して
            (図19-①、②)、見えやすい方向(視線の延長方向)に歯冠分割(図20)。
         ・最初から舌側まで一気に分割せずに、まず歯冠の頬側半分だけを除去
            (T字型分割)する(図21)。
            これにより舌側の歯質を直視できるので、バーが舌側に抜けて舌神経を
            損傷することがない。
      ②歯根を押し込まないヘーベルの使い方(歯冠除去後)
         ※下歯槽神経の知覚鈍麻の大部分が歯根に押し込みによる神経圧迫。
            歯根をヘーベルで根尖側に押し込まなければ神経麻痺は防げる。
        (1)頬側グルーブ(図22-①、②)
            歯根と頬側皮質骨の境界部(=歯根膜腔)にバーでグルーブ形成し、
            ヘーベルを歯軸方向ではなく、上方から挿入して回転させて歯根を
            前方に向けて脱臼させる。
        (2)背面グルーブ(図23-①、②、③)
            歯根を覆っている臼後部の骨を削除して、歯根の背面(歯根遠心面)に
            バーでグルーブを形成し、上方からヘーベルを挿入し、遠心歯槽頂の骨
            を支点にして前へ向けて脱臼させる。
        (3)簡単な歯根分割法(図24)
            背面グルーブをそのまま延長して歯根を2つに分割。
            必ずしも歯冠分割後の断面の中央から分岐部を狙う必要なし。
      ③ドライソケットの対処法
         ・再掻爬は禁忌 保存的に対応する。
         ・治療法は、抜歯窩の生食洗浄(陥入食物の除去)と薬物填入。
         ・薬物は、ケナログ+キシロカインゼリーの抜歯窩填入またはスポンゼルを抜
            歯窩填入後、根管洗浄用シリンジでネオダインの液をスポンゼルにしみ込ま
            せる(=ユージノールの鎮痛効果)(図25)。

4.止血法
   ・止血の基本は圧迫止血。
   ・生食で洗浄すると冷却されて血管が収縮して止血しやすくなる。
   ・抜歯の止血では、ガーゼを抜歯窩に填入して圧迫(図26、27)。
   ・揃えるべき止血剤(材)は、スポンゼルとスタットジェル(塩化第二鉄製剤)(図28)。
   ・スポンゼルは、指で圧縮して抜歯窩に填入して、ガーゼでスポンンゼルを圧迫。
   ・スタットジェルは軟組織からの止血に有効。
   ・どうしても止血できない場合は、ガーゼタイオーバー(図29)。
   ・後出血の場合は、抜歯窩の血餅は完全に取り除いて圧迫する。

5.膿瘍切開術
   1.膿瘍形成が確認できれば切開
      ・波動の触知。
      ・ただし骨膜下膿瘍では波動は触知しない。
   2.膿瘍形成が疑われる時
      ・穿刺吸引して膿を確認。
      ・膿が溜まっておらず、排膿しなくても誤りではない。
         (減圧による疼痛軽減、その後の排膿路の確保)
   3.膿瘍形成は炎症症状の発生3ー4日後
   4.原因歯の抜歯時期
      ・十分な消炎後(炎症所見が消失してから)。
      ・私見:抗生剤投与中で、症状が改善に向かっていれば抜歯可 = 原因の早期除去。

6.歯根端切除術(図30ー36)
   ※根管内を無菌にする手術ではなく、いかにして細菌を完全に根管内に閉じ込める
     かの手術であることをきちんと説明する(再発もあり得る)。

   1.歯根端切除術のステップ(図30?36)
      ①歯肉切開、剥離
      ②根尖部の骨削除
      ③根尖病巣の掻爬
      ④根尖切除
      ⑤根尖部の根管逆形成
      ⑥止血
      ⑦逆根充
      ⑧縫合

   2.切開線の種類(図37)
      ワスムントの歯頚部切開とパルチの弧状切開が代表的。
      歯冠補綴物の有無、歯根の長さ、嚢胞の大きさ、術後の骨欠損の範囲、などで
      使い分ける。

   3.根切を成功させるためのポイント
      ①根尖部の十分な掻爬(肉芽組織、嚢胞、壊死セメント質など)
      ②根尖部の確実な封鎖
      ③根尖部封鎖に用いる材料の選択(接着性材料で封鎖する)
      ④マイクロスコープの使用

   4.根切の失敗の原因
      ①逆根管充填の不備(術式、材料)
      ②感染歯質の残存(感染セメント質、象牙質)
      ③亀裂、破折の存在
      ④歯周ポケットと根尖の交通 (エンドペリオ)

   5.根尖封鎖材料
      ①MTAセメント(mineral trioxide aggregate)
      ②スーパーボンド

7.口蓋隆起切除術(図38ー44)
   ・骨隆起周囲に浸潤麻酔。
   ・粘膜の切開線はY字型。
   ・粘膜は薄く断裂しやすいので丁寧に剥離。
   ・隆起の全体を完全に露出 剥離範囲はやや大きめが手術しやすい。
   ・隆起に縦横のグルーブを入れて、骨ノミで落とせる幅の小さなブロックにする。
   ・前方から骨ノミでブロックを基部からドミノ倒しのように削除。
   ・骨のブロックが厚すぎると骨ノミでおとしにくいので、厚すぎないよう注意。
   ・骨ノミで骨を除去後、大きめのバーで骨面を平滑化。
   ・被覆粘膜は剥離すると縮むので余剰粘膜の切除は不要。
   ・圧迫と保護の目的でコーパックと保護床を装着。

8.下顎隆起切除術(図45ー48)
   ・下顎隆起の下方の口底部、下顎骨の舌側面部に浸潤麻酔。
   ・切開線の設定は、骨隆起が歯頚部から生じている場合は切開歯頚部切開、
      歯頚部から離れて生じている場合は切開線を歯頚部から離すと縫合
      しやすい。
   ・近心端に縦切開を加えると、大きな骨隆起でも深部下端まで容易に露出可。
   ・剥離した歯肉弁の最深部に粘膜剥離子をおいて、舌側歯肉と口底部軟組織を
      圧排、保護。
   ・バーで分割溝を形成。
      本来の下顎骨の概形になるように骨隆起の基部にバーでグルーブを形成。
      骨ノミで分割するためには、溝の深さは骨隆起の上下的径の2/3程度は必要。
      割れないときはバーで溝を深くする(マレットで無理に強く叩いて割らない)。
   ・骨片の除去。
      一塊でなくても良い。 大きい場合はいくつかに分けて除去。
   ・分割面の平滑化。
      粘膜骨膜弁を保護しながら分割面を大きめのラウンドバーで平滑化。
   ・縫合時、余剰粘膜の切除時不要。
   ・保護床を装着して創の保護、歯肉弁の早期付着を図る。

9.舌小帯延長術(図49ー51)
   ・口底部、舌小帯に表面麻酔、浸潤麻酔。
      浸麻の量が多すぎると変形して手術しにくいので注意。
   ・舌下面に沿ってモスキート鉗子で小帯を把持(舌尖部の糸掛けは不要)。
   ・メスをペアンの表面をすべらせるようにして切離。
   ・舌下小丘を損傷しないよう注意。
   ・粘膜を切離したあとの正中深部の線維束も切離しないと思ったほど延びない。
   ・小帯を切離すると、創は菱形になるのでその創を横に縫合。
   ・トラブルは舌下小丘、ワルトン管、舌神経の損傷、出血。


10.上唇小帯延長術(図52ー53)
   ・歯肉表面に沿うように上唇小帯をモスキート鉗子で把持。
   ・メスをペアンの表面をすべらせるようにして切離。
   ・創は菱形になるのでその創を横に縫合。
   ・上唇小帯が歯槽頂まで延びており正中離開の原因になっている場合は、
      この歯間の軟組織を切除する。

11.粘液嚢胞摘出術(図54ー57)
   ※最深部まで一気にメスで行かないことが重要。メスで一気に最深部まで
      切開すると血管損傷、オトガイ神経損傷を生じやすい。
   ・嚢胞周囲に適量を注射 量が多すぎると粘膜が変形して切除しにくくなる。
   ・助手が粘膜を緊張させる。
   ・メスで粘膜表面のみを紡錘形に切開 メスで深部に切り込まない。
   ・紡錘形の粘膜の端をピンセットでつまんで引き上げながら、端から剪刀、
      ペアンで嚢胞と周囲軟組織を鈍的に剥離。
   ・創内に露出した小唾液腺はすべて摘出(再発予防)。
   ・可動粘膜は引っ張って縫合すると、創面が合いやすい。

12.抗菌薬の使い方
   ・まずペニシリンアレルギーの有無について問診。
   ・ペニシリンアレルギーが無い場合。
      第一選択はアモキシシリン(商品名:サワシリン)。
      ペニシリン系はアレルギーがなければ、高齢者、有病者、妊婦、授乳婦、
      小児にも安全に使える。
   ・ペニシリンアレルギーがある場合はクリンダマイシン(商品面:ダラシン)
      またはマクロライド(商品名:クラリス、ジスロマック)。
   ・肝機能障害患者にはペニシリン系、腎機能障害患者にはマクロライド系を投与。
   ・第三世代セフェムは投与しない(吸収率が低く効果不十分のため)。
   ・抗菌薬に使用法については、
      「術後感染予防抗菌薬適正使用のための実践ガイドライン」
      (日本化学療法学会、日本外科感染症学会 2016年3月)がある
      (インターネットで閲覧可)

13.鎮痛薬の使い方
   ・非ステロイド鎮痛薬(NSAIDs)には、
      ①酸性NSAIDs(ロキソニン、ボルタレンなど)
      ②塩基性NSAIDs(ソランタール、ペントイルなど
      ③カロナールの3種類がある。
   ・鎮痛剤の使い方の基本
      ①まず、鎮痛薬アレルギーの有無、喘息の有無を問診。
      ②アレルギー、喘息がなければ酸性NSAIDsで可。
      ③アレルギー、喘息があれば、塩基性鎮痛薬またはカロナール、服用経験のあるもの。
         喘息がある場合、酸性NSAIDsで喘息誘発される恐れあり。
      ④カロナールは、高齢者、有病者、妊婦、授乳婦、小児にも安全に使える。
         抜歯後投与なら、1回800mg錠(200mg錠×4錠 200mg錠×2錠では少ない)。
      ⑤妊娠後期(8ヶ月以降)は酸性NSAIDsは不可。
         動脈管閉鎖による胎児死亡の恐れあり。

14.腫脹軽減のために
   ・腫脹のピークは、術後1?1日半頃。
   ・氷での冷罨法は避ける。
   ・腫脹軽減目的の冷罨法は、長くても1日(腫脹がピークに達するまで)。
   ・ピークを過ぎても冷やすと硬結形成しやすい。
   ・腫脹軽減目的での薬剤は、内服でプレドニン5mg×毎食後×3日

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講師:鬼原 英道 先生
(岩手医科大学歯学部
補綴・インプラント学講座
特任教授)

■ランチョンセミナー

インプラント周囲炎は歯科医師によって誘発されるのか?


   近年、デンタルインプラントは、その治療の予知性の高さから現在の歯科治療のオプションとして無くてはならないものと考えられる。インプラント体の表面性状、手術器具、人工骨およびメンブレンなどのインプラント治療にまつわる材料特性が向上したことが大きく関与していると考えられる。しかしながら、インプラント周囲炎に関する処置はそれほど変化していないのが現状である。インプラント周囲炎の発生機序に関しては、学術的には細菌学的要因と力学的要因なものとに分けることが出来るが、別の分け方をすると患者的要因と歯科医師的要因とに考えられる。患者的要因によるインプラント周囲炎とは、患者本人が原因となるインプラント周囲炎であり、口腔清掃状態のコントロールや歯ぎしりなどの悪習癖などが考えられる。歯科医師的要因のインプラント周囲炎とは、歯科医師によるインプラント治療のどこかの処置が原因で起こるものと考えられる。

   まず、インプラントのトラブル症例を提示した。
全顎的なインプラントの動揺を認めており、咬合不調和も訴えていた。口腔内所見としては、上顎両側臼歯部および前歯部のインプラント上部構造の動揺、下顎両側臼歯部のインプラント上部構造の動揺が認められた。両側臼歯部は咬合していなかった。エックス線所見では、上顎に多数のスクリュー型のインプラントが埋入されており、天然歯は残っていなかった。下顎は、左側臼歯部にスクリュー型インプラントが埋入されており、右側にブレード型インプラントが埋入されていた。下顎右側の小臼歯部から左側犬歯部には天然歯が確認された。


半分以上のインプラント体はディスインテグレーションであり、その結果、ほぼすべてのインプラント体の除去を行い、上顎は総義歯、下顎は局部床義歯で再補綴を行った。


   この症例は、患者は長期にわたってメインテナンスを行っておらず、その間に右側のブレードインプラントの沈下が進行し、その後全顎的な咬合不調和により上部構造の動揺、インプラントのディスインテグレーションに繋がったと考えられる。

  インプラントの上部構造に関しては、大別してスクリュー締結によるものとセメント仮着による補綴に分けることができる。そしてこの補綴術式は、どちらが勝っているというものではなく、それぞれに利点欠点が存在する。セメントによる補綴では、粘膜貫通部にセメントが残存することによりインプラント周囲炎を誘発することが数多く報告されている(1, 2)。
   私のインプラント周囲炎のケースを供覧してみると、補綴終了後3年でインプラント周囲の粘膜の腫脹および排膿が認められ、デンタルエックス線像ではあきらかな骨吸収像が確認された。



   インプラント周囲ポケットの洗浄を繰り返し行い、1カ月間経過観察を行った。1カ月後に、さらに深部の洗浄を行うために上部構造の撤去を試みた。上部構造を撤去したところ、上部構造とインプラントプラットフォームの連結部にプラーク様の堆積物が確認され、インプラント周囲炎の原因である可能性が示唆された。このプラーク様の蓄積物は、インプラント体に多数歯のスクリュー補綴物を、アバットメントを介さないで製作したことで生じる補綴的なミスフィットが原因と考えられた。また、インプラント体は外側性であり、プラットフォーム直下は鏡面研磨加工ではなく粗面であったことも、進行を速めた原因と考えられる。さたに、患者が糖尿病に罹患していたことも、インプラント周囲炎を進行する手助けになったのだろう。



   多数歯欠損のインプラントレベルでの印象では、印象用コーピングを連結固定してピックアップ印象する場合、コーピングの偏位が生じる可能性が高いと考えられる。スクリュー固定のインプラント補綴物の製作では、上部構造のミスフィットを防ぐために、角度許容性のアバットメントレベルの印象用コーピングを使用する、ベリフィケーションインデックスの製作する、また必要があればメタルフレームを分割し口腔内で再度リポジショニングする、などの操作が効果的と考えられる。さらに、糖尿病などの免疫力の低下が認められる症例では、長いアバットメントを使用し、粘膜面から数ミリ離れた部位で上部構造を製作するのも効果的と考えられる。

(P-I. Brånemark: The Osseointegration Bookより抜粋)

   このような症例では、審美的な観点からはとても良いとは言えないが、清掃性のコントロールが良好であり、デンチャースペースが大きい症例では選択肢の一つと考えられる。
   最後に、インプラント上部構造に関しては、スクリュー補綴もセメント補綴もどちらも利点欠点があり、甲乙つけがたいのが現状である。そして、その特性を理解することで、どちらの補綴物であっても良好な予後が期待できると考えている。

1.Cement-associated peri-implantitis: a retrospective clinical
   observational study of fixed implant-supported restorations
   using a methacrylate cement. Korsch M, Obst U, Walther W.
   Clin Oral Implants Res. 2014 Jul;25(7):797-802

2.Does residual cement around implant-supported restorations
   cause peri-implant disease? A retrospective case analysis.
   Linkevicius T, Puisys A, Vindasiute E, Linkeviciene L, Apse P.
   Clin Oral Implants Res. 2013 Nov;24(11):1179-84.


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