過去の学術研修会ー第68回学術研修会講演会事後抄録ー

■スキルアップセミナー


講師:寺田 林太郎 先生
(JA秋田厚生連
 平鹿総合病院歯科・科長)
私の実践歯内療法

抄録
 歯内療法は他の多くの歯科治療と異なり,目視できない所を目視できないまま器具を用いて行うため難しくなります。加えるに歯の根管の解剖学的多様性,診断の困難性,口腔内での治療の制限等から,面倒くさい,どうせうまくいかない,出来れば避けたいと思われていることが多いと考えられます。しかし,歯内療法は多くの場合患者さんの疼痛からの解放に始まり,最終的には患歯の機能を回復するために必要な補綴治療の基礎になる役割を担っている重要なものです。
 歯内療法領域においても新しい技法,材料,薬剤,器具などが開発,紹介されておりますが,歯内療法の成功率を改善するまでには至っていないようです。さまざまな情報が流れてはおりますが,正しく理解されていなかったり,ややもすると肝心なことが忘れ去られたり,誤解されたまま放置されているのが現状です。今回は,根管治療をもう一度見つめ直し,歯内療法を成功へ導く方法を再考してみたいと思います。
 根管内を綺麗にし生体の治癒力を最大限に引き出すことこそ肝要と考えており、日頃の実践している歯内療法を紹介させて頂きます

肝心なこと
 歯科治療の基本は罹患歯質の除去です。齲蝕検知液などを使用してしっかりと罹患歯質が除去できているか改めて確認してみましょう。また補綴物をかえしての根管治療は出来るだけしないよう心がけましょう。何でもかんでも保存するのではなく、適応症の選択も重要になります。根管形成後の根管充填材は最低でも4mmの長さが必要(apical leakage対策)になるので、これを確保できない短い根管長の歯牙は歯内療法不適応の歯と考えねばなりません。

1.歯内療法の特徴
 歯内療法は,原因の除去(抜髄の場合は炎症歯髄,感染根管の場合は根管内の汚染物質)に始まり,症例に見合った根管形成を経て,根管充填で締めくくられます。
  根管形成(Root canal preparation)には2つの側面がある。
      根管拡大(Root canal shaping, Root canal enlargement)
      根管清掃(Root canal cleaning)
  根管充填(Root canal filling, Root canal obturation)

2.根管拡大法
 1)根尖部から拡大する方法。--彎曲根管あるいは狭窄根管に向いている。
  Conventional method
  Precurvature technique--リーミングは禁忌
  Anticurvature (USC) technique--冠部歯髄腔の石灰化が著しいときに有効
  Step back preparation--彎曲根管
 2)歯冠部より拡大する方法。--もともとは垂直加圧根管充填用。
    簡単であるが歯質の削除量が多くなる,根尖部の拡大が不十分になりやすい。
  Crown down preparation--閉鎖根管用
  Crown down pressureless technique
  Double flared technique
 3)1)と2)を併用する方法。--最も効率的なやり方。
  Step down technique--歯冠部をやってから根尖部へ
  OSU technique--根尖部をやってから歯冠部へ

 ・いずれの根管拡大でも,Path findingをしておくことが重要。
   Path finding:#20-25で根管を確保(作業長まではいるようにしておく)すること
 ・根管を詰まらせない拡大方法
   再帰ファイリング(Recapitulation):最初に根尖に到達したファイルを繰り返し
  使用する。  #10-#15-#10-#20-#10-#30-------
   変法 #10-#15-#10-#20-#15-#25-#20-#30-------
 ・効率的なファイリング
 Balanced force technique:時計回りに90°回転させ作業長にあわせ,その位置でファイルが抜けてこないように圧をかけながら反時計回りに270°回転させる。こうすると削片がファイルの刃先に挟まり上がってくるので押し出すことはない。H-ファイルやS-ファイルは使用できない。
 ・ファイルの使い方
   リ?ミング---回転操作,ファイリング---上下運動
   リ?ミングはリ?マ?,ファイリングはH-ファイルやS-ファイル
   K-ファイルはリ?ミングおよびファイリングが可能
 ・ファイルの交換時期
ファイルの尖端から2~3mmのところで歯の間隔(フル?ト)が伸びたり,よれたりしたら交換。逆ねじが生じていたら破断の前兆。---毎回使用前にファイルの刃を確認しましょう!
・ ファイルの刃部は1mmカットすると#2号アップする(02テ?パ?)。ISOにない規格のファイルができる。カットすることで穿通能力が増すので注意が必要。

私が実践している根管拡大は石橋教室の岩手医大式(OSUの変法)で#25まで通常法で根管拡大した後、根管上部をラルゴリーマーで形成し根管口明示を行い、その後必要サイズまで拡大号数を上げていく方法です。

 ・Ni-Tiエンジン用ファイル
個人的には使用していません。Ni-Tiエンジン用ファイルは切削効率が悪いので、根管全体の形成は不十分になりやすいので注意が必要です。

3.根管清掃
 1)根管消毒剤
  石炭酸類
   CMCP(他剤と併用可能,浸出液を抑制する効果に優れる)
   グアイヤコ?ル(クレオドン,鎮静効果に優れる)
  ホルムアルデヒド製剤
   FC(殺菌性と蛋白凝固作用が特徴,真菌にも効果がある)
   PTC(ペリオドン,作用が持続的で残髄組織を固定する)
LSTR(3-Mix)--メトロニダゾ?ル,セファクロ?ル,シプロフロキサシン--根管を褐色に変色する。決して魔法の薬ではない。
  水酸化カルシウム
   殺菌性,菌体外毒素の不活化,生体親和性が高い,硬組織誘導がある。
  ステロイド剤
   歯根膜炎,over instrumentation時の疼痛の緩和に有効。

 私の根管貼薬はクレオドンです。水酸化カルシウムも使用しますが特殊症例のときのみです。

2)根管洗浄剤
  次亜塩素酸ナトリウム--有機質溶解作用,過酸化水素と併用で発泡する。
  過酸化水素--消毒効果は期待できない,必ず次亜塩素酸ナトリウムと併用する。
  EDTA--無機質溶解作用。根管のスメア?層を除去し,象牙細管を開く。
RC-prep--EDTA, 過酸化尿素,カ?ボワックスを配合している。無機質溶解作用はEDTA単身より劣る。潤滑剤としての機能が主。NaOClと併用で発泡する。
  水--超音波振動応用時の媒介。消毒効果はなく削片除去が主。

次亜塩素酸ナトリウム浴下で根管拡大、その後はEDTAでスメアー層を除去し、次亜塩素酸ナトリウムで再度洗浄するのがベストと思い、実践しています。

4.根管充填
 1)根管充填材
  硬固物--銀ポイント,ステンレスポイント,チタンポイント
   操作性に優れるが,緊密な封鎖ができない。
  半硬固物--GPポイント,ポリプロピレン(フレックスポイント)
   硬化時に収縮し,封鎖性が低下する。
  セメント--Canals, Dentalis KEZ, Apatite Root Sealerなど
   封鎖性に優れるが,刺激性がある。
  ペ?スト--Vitapex, Calvitalなど
   溶解性がある。根尖外へ溢出しやすい。
 2)糊剤の分類
   ユ?ジノ?ル系--Canals, Tubli-Seal, Pulp canal Sealer(銀粉含む)
     硬化するまでの間,組織為害性が強い。血管の新生が遅い。
   非ユ?ジノ?ル系-- Canals N(リノ?ル酸とプロピレングリコ?ル)
     組織為害性が少なく,吸収されやすい。
   水酸化カルシウム系--Seal-apex,Calvital
     水酸化カルシウム含有--Dentalis KEZ(ユ), FR(ホ), N2(ホ)
   グラスアイオノマ?系--Ketac Endo, Endion
     再根管治療時に除去しにくい。
   レジン系--AH26(エポキシレジン), Diaket(ポリビニルレジン)
     再根管治療時に除去しにくい。薬理効果は期待できない。
   ホルムアルデヒド系--FR, N2, トリオジンクパスタ
     ホルムアルデヒドの使用には問題があり,現在使用されていない。
   アパタイト系--Apatite Root sealerⅠ?Ⅲ(α-TCP), Finapec APC (HAP顆粒)
     生体親和性が高い。HAP顆粒は骨を添加しないが,α-TCPはする。
   ヨ?ドホルム系--Kri I, Mynol-CT
     ヨ?ドホルム含有系--Dentalis KEZ,Apatite Root sealerⅡ&Ⅲ, Calvital
       ヨ?ドアレルギ?には使用できない。破折ファイルを腐食する。
   シリコン系--Roek Seal
     薬理効果,生体活性はない。水に不溶性。疎水性で硬化時に僅かに膨張する。

3)根管充填法
  糊剤による根管充填--乳歯以外では現在ほとんど行われない
  ポイントを用いる方法
   ①単一ポイント法--単一ポイント法,ロ?ルポイント法(根未完成歯用)
   ②多数ポイント法
    Ⅰ.側方加圧根管充填法(LCM)
    Ⅱ.垂直加圧根管充填法(VCM)
     a.還元炎でGPを軟化させ充填,圧接する方法。--Opian Carrier等
     b.加熱器で軟化して注入する方法。--Obtura System等
       テクニックセンシティブが高く,器具の清掃が煩雑である。
     c.コンデンサ?を用いる方法。--NT Condeser等
       操作性に優れるが,根尖からの押し出しを制御できない。
     d.心棒に巻き付けたGPを用いる方法。--Thermafil等
       根尖からの押し出しを制御できるが,支台築造がしにくい。
     e.根管の中で加熱,軟化させる方法。--System B
       LCMとVCMの合体。根管上部はaまたはbで充填される。
    Ⅲ.逆ポイント法(根未完成歯用)
従来VCMはGPのみで根充されていたが,今日では糊剤を併用することが望ましいとされている。(根尖からの押し出しを制御できるようになったことがその要因)

根管拡大が大事?それとも根管充填が大事?
 One should be ever mindful that " It is not so much what you put into a root, but what you take out, that counts." from Grossman, Endodontic Practice

 根管充填材、糊剤および充填法(講演では直接触れませんでしたが)は使い慣れているもので何でも良いと考えています。根管治療は綺麗にすることがあくまでも主役で、その後は緊密に充填できればそれでよいと考えています。

5.外傷歯の歯髄保護
 外傷歯はその程度により様々な様相を示し,歯髄の問題を巻き込むものが多く認められます。また,齲蝕や歯周病等の慢性疾患とは異なり,急性疾患であるので受傷直後の治療(医師の診査,診断,技術力)が予後を大きく左右します。さらに,長期に渡るメインテナンスが必要になるということも特徴です。歯冠破折の露髄を伴うもの,歯冠歯根破折は歯髄保存に努めるべきです。直接覆髄や断髄等を応用することで、歯髄の保存が可能です。断髄は滅菌エンジン用ラウンドバーではなく、タービン用ダイヤモンドポイントで行うことが予後を良好に導きます。直接覆髄前および断髄後の止血確認も重要なポイントです。
 メインテナンスで注意することは、生活歯髄であっても外傷後は電気抵抗値が陰性になることが多い(2~6ヶ月程度)とい事です。また、一時的に根尖に破壊像(Transient Apical Breakdown)が認められることがあり、歯髄失活と誤った診断を下すことがあります。

目新しいことは何もありませんでしたが、少しでもお役に立てれば幸甚です。


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講師:佐藤 健一 先生
(岩手医科大学歯学部
 口腔顎顔面再建学講座
 歯科麻酔学分野・教授)


「超高齢社会での有病者歯科診療」 ~高血圧症と歯科用局所麻酔薬~

 日本の社会は、1970年に高齢化社会、1994年に高齢社会、2007年には超高齢社会を迎えました。これからの超高齢社会では、合併疾患を多数持った患者を診療していかなければなりません。歯科医にも内科的疾患の知識を持つ必要があり、超高齢社会での有病者歯科診療への対応がせまられています。
 高齢者の疾病の特徴は、1)一人で多くの疾患をもっている、2)個人差が大きい、3)同じ疾患でも若年者の場合と異なる症状を示す、4)ストレス時にみられる潜在的機能低下がある、5)慢性の疾患が多い、6)薬剤に対する反応が若年者と異なる、7)生体防御力の低下によって疾患が治りにくい、などがあげられます。高齢者に多い疾病は、高血圧症、脳梗塞、虚血性心疾患、不整脈、糖尿病、骨粗鬆症、白内障、貧血症など多岐にわたっています。
 歯科治療の多くは、患者に"侵襲"を加えるものであり、身体的侵襲と精神的侵襲があります。身体的侵襲はX線照射から始まり局所麻酔針刺入・麻酔薬注入、抜髄、インプラント埋入、抜歯などの観血的処置があります。精神的侵襲は治療に対する不安、恐怖感、不快な器械作動音・振動、口腔内切削作業などが考えられます。身体的・精神的侵襲により血管迷走神経反射などの健康な人でも起きうる偶発症や心筋虚血などの内科的合併疾患が増悪する偶発症がおこります。このような偶発症に対処するには、バイタルサインの確認が必要となります。意識の確認からはじまって血圧、呼吸、脈拍を確認します。なかでも特に重要なのは血圧が高くて具合いが悪いのか、低くて具合いが悪いのかを判断しなければならないので、血圧を測定することが大事になります。
 歯科医院には基礎疾患をもった患者さんが続々来院します。もし全身的偶発症が起こったとしても、血圧測定下で治療を行っていれば迅速に救急処置を開始できます。したがって安全な歯科治療を行うためには血圧測定が必要なのです。血圧測定が必要な患者さんは、①高血圧の既往がある患者さん、②高齢(65歳以上)の患者さん、③基礎疾患のある患者さん、④ ①~③に該当し、局所麻酔注射をともなう観血的処置を行う患者さんなどがあげられます。血圧を測定する場所や時期は、待合室や医療面接室で測定するのは初診時、再診時であり、チェアサイドで測定するのは治療開始前、治療中(5~10分間隔で)、局所麻酔注射後などです。血圧変動にともなう歯科治療時の対応としては、収縮期血圧が≧200mmHgでは歯科治療の中止、≧180mmHgでは歯科治療を中断して安静、≧160mmHgでは要注意、いつでも中断できる態勢をとる、≦160mmHgでは歯科治療を開始、継続して可能、が一つの目安となると思います。
 次に歯科用局所麻酔剤の健康成人に対する基準最高用量についてです。歯科用キシロカインカートリッジについては、キシロカインの健康成人に対する基準最高用量はアドレナリン含有の場合は500mgです。キシロカインカートリッジ1.8ml /1ctには2%のキシロカインが含まれています。したがって1ct中には36mgのキシロカインが含まれているので基準最高用量500mgを36mgで割れば良いので13ctまで使用可能となります。歯科用シタネストについては、歯科用シタネストに含まれる局所麻酔薬であるプロピトカインの健康成人に対する基準最高用量は400mgです。オクタプレッシンカートリッジ1.8ml/1ctには3%のプロピトカインが含まれています。したがって1ct中に54mgのプロピトカインが含まれているので基準最高用量400mgを54mgで割れば良いので7ctまで使用可能となります。スキャンドネストカートリッジについては、スキャンドネストに含まれる局所麻酔薬であるメピバカインの健康成人に対する基準最高用量は500mgです。スキャンドネストカートリッジ1.8ml/1ctには3%のメピバカインが含まれています。したがって1ct中に54mgのメピバカインが含まれているので基準最高用量500mgを54mg割れば良いので9ctまで使用可能となります。循環器疾患患者に対する局所麻酔薬添加アドレナリンの使用基準と心疾患患者に対する局所麻酔薬添加各種収縮薬の使用基準はスライドに示すとおりになっていますので使用基準を参考にして投与量を加減してください。日本歯科麻酔学会による"高血圧患者に対するアドレナリン含有局所麻酔剤使用に関するステートメント"では、アドレナリン含有局所麻酔剤使用量の上限(目安)は、8万倍アドレナリン含有局所麻酔剤で初回の投与量は1.8 mL カートリッジで 2 本までとなっています。特に治療開始前の血圧が180または110 mmHg 以上(収縮期,拡張期のいずれか)で、かつ歯科的な緊急性がない場合は、医科への紹介を優先してください。投与中に 収縮期血圧180または拡張期血圧110 mmHg以上となった場合は投与を中止、投与後に収縮期血圧180または拡張期血圧110 mmHg 以上となった場合は、血圧が低下するまで十分な観察を続けることが肝要です。アドレナリン含有歯科用局所麻酔剤の投与後に血圧上昇や心拍数増加を認めた場合は、シタネストやスキャンドネストなど、他の局所麻酔剤へ変更を検討する必要があります。上記をまとめると、アドレナリン含有キシロカインと他の局所麻酔剤を変更または併用する際には、収縮期血が160以上から180mmHg未満まででは8万倍アドレナリン添加2%リドカイン1/2ctを投与し、追加は1/2ctまで投与します。必要ならシタネスト-オクタプレッシン3ct以内の投与とします。収縮期血圧が140以上から160mmHg未満まででは8万倍アドレナリン添加2%リドカイン1ctを投与し、追加は1ctまで投与します。必要ならシタネスト-オクタプレッシン3ct以内の投与とします。収縮期血圧が140mmHg未満では8万倍アドレナリン添加2%リドカイン2ctを投与する、を目安に投与するのはいかがでしょうか。これは1つの提案です。最後に超高齢社会で歯科治療を安全に行うためには、モニタで監視を行い、局所麻酔薬の量に注意しながら適切な局所麻酔薬を選択することが肝要です。
 末筆となりましたが、岩手医科大学歯学部同窓会会員の諸先生方の益々のご健勝とご活躍をお祈り申し上げます。


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講師:遠藤 義樹 先生
(医療法人ハイライフ東北
 仙台青葉通り歯科医院
 岩手医科大学歯学部
 臨床教授)


スキルアップ 咬合採得 無歯顎患者の咬合採得

小見出し: 無歯顎患者,咬合採得,咬合高径,中心位,咬合器

 本講演では,実際に臨床に携わっている初学者を対象に有床義歯の基本事項を整理してお話させていただきました.今回は第59回学術研修会ベーシックセミナーでお話しした印象採得に次いで,その第二弾として咬合採得をテーマとしました.
 公益社団法人日本補綴歯科学会編の歯科補綴学専門用語集第5版によると,咬合採得とは「補綴装置の製作や咬合診断などにおいて,上下顎の歯列模型あるいは顎堤模型をそれぞれの目的に応じた顎位で咬合器に装着するために,種々の材料や機器を用いて顎間関係を記録すること」とあります.すなわち,それぞれの目的に応じた顎位を決定することと,決定した顎位を正しく咬合器上に再現することが求められます.

1.中心位(centric relation, CR)の定義とその背景にある概念
 無歯顎患者は,天然歯による咬合接触関係がさまざまな理由と経緯によって喪失・崩壊をきたしています.そこで,まずは静的状態(適正な咬合高径を保持した上で下顎が適切な水平的位置にある状態),すなわち下顎基準位(中心位)を設定・記録する必要があります.この中心位(以下,CR)の定義やその背景にある概念が,研究者や臨床家によって異なり,記録方法もさまざまな方法が主張されていることが,無歯顎患者の咬合採得を難しく捉えてしまう原因と考えます.
 米国のThe Academy of Prosthodonticsが編纂しているGlossary of Prosthodontics Terms(以下,GPT)の第8版ではCRの定義を単一化することができず,7つの定義を併用するという形をとっていました.ところが2017年にThe Journal of Prosthodontics(以下,JPD)で報告されたGPT第9版では,CRの臨床応用に主眼を置いて「歯の接触とは無関係で,下顎頭が関節結節の後方斜面と対向し,関節窩内の前上方の位置にある時の上下顎の位置的関係.この位置では,下顎の運動は純粋な回転運動を営む.この生理的な上下顎の位置から,患者は垂直方向,側方または前方運動を自由に行うことができる.臨床的に有用で,再現性の高い基準的な位置である」という単一の定義となりました.一方,このGPT第9版発表後の2018年にCRの定義の妥当性,許容性に関する調査研究論文が,GPT第9版を掲載したJPD誌で報告されていることから,未だCRの定義は曖昧で,今後も議論が続くものと考えられます.

2.水平的顎間関係の記録方法
 米国も含めて国際的に最も知名度が高く,歴史の古い教科書である「無歯顎患者の補綴治療」は,1940年に初版が出版され,現在第13版まで改訂し続けて出版されています.わが国では年代によって手にした訳本が,第7版,第9版,第12版のもので分かれると思いますが,その中で水平的顎間関係の記録方法も変遷してきています.第12版には,「CRを記録するための決定的な方法はおそらくないだろう.ある歯科医師が好む方法は,別の歯科医師はうまくできないかもしれない.(中略) したがって使用した方法にも関わらず,その後の臨床的チェック・再チェックを義歯製作の各段階を通じて行わなければならない」と記述されています.すなわち,決定的といえる手法がないために,多くの方法が現在でも引き継がれ,またさまざまな方法をもって水平的顎間関係を各ステップごとに確認し,必要であれば再度採得し直すことが必要であることを説いています.
 CRへの誘導と確認・記録する手法として,さまざまな方法が考えられ,利用されてきましたが,日本で書かれた教科書のほとんどが第一に挙げるのはゴシックアーチトレーシング法(以下,GoA)でしょう.しかし,上述した「無歯顎患者の補綴治療」の最新刊である第13版で紹介されている手法は,「術者の手指による誘導」のみとなっており,GoAに関する記述は無くなっています.
 「術者の手指による誘導」法,すなわちダイレクトチェックバイト法とは,咬合堤にて咬合高径を確立したうえで,術者の誘導により患者がCRに閉口できるよう何度か試行・観察し,咬合面間材料を用いて咬合位を記録する方法です.記録された下顎位は,仮の中心位(tentative centric),基準位(reference position),あるいは治療位(treatment position)ともいうべき下顎位であり,咬合採得の後のステップで再検討する必要があります.
 GoAは決して否定されるものではなく,咬合・下顎の運動を可視化し,ある程度の根拠をもって咬合採得できるという意味では重要で,難症例が増加している近年であればこそ,患者さん固有の下顎位を診断する上で重要であると考えます.

 今回の講演が,少しでもお役に立てれれば光栄に思います.


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講師:高橋 綾 先生
(北上市開業)


岩手県立中部病院と地域歯科医師会の医科歯科連携
~歯科のない病院との医科歯科連携と新型コロナの影響~


岩手県立中部病院と地域歯科医師会 岩手県立中部病院は、岩手県中部地域(北上市、花巻市、遠野市、西和賀町)の中核病院として平成21年に開院した。平均在院日数は10.3日(平成30年)の急性期病院で、25科ある診療科の中に歯科はないため、開院当初から北上歯科医師会と花巻市歯科医師会の2つの地域歯科医師会と連携をしている。
岩手県立中部病院の周術期医科歯科連携 口内炎に代表されるがん治療に伴う口腔内合併症は、時に食事が摂れなくなるほど重度となり、治療の中断や変更を余儀なくされることがある。これらの口腔内合併症を予防するため、日常の口腔ケアと共同し、歯科衛生士が行う口腔衛生管理と、歯科医師が行う治療で、質の高い口腔健康管理が可能となる。
岩手県立中部病院と地域歯科医師会の周術期医科歯科連携は、平成24年度から開始され、令和2年度の紹介人数は新型コロナウイルスの流行にもかかわらず、343人のがん患者と456人のがん以外の患者の合計799人の患者が病院から地域の歯科医院へ紹介された。(図1)


図1

岩手県立中部病院のNST、歯科回診 岩手県立中部病院のNST回診は、毎週水曜日の午後、医師、看護師、薬剤師、検査技師、管理栄養士、言語聴覚士など多職種が集まって10名以上で回診しており、この回診に、地域の歯科医師1名と院内歯科衛生士が1名、同行している。(写真1)
一方、歯科回診はNST回診と異なり、歯科だけに限られた少ないメンバーで回診している。(写真2)栄養に限らず、口腔内の問題に広く対応をしている。


写真1

写真2

例えば血液内科の患者の多くは化学療法を受けており、副作用で口内炎を発生する。この口内炎を最小限に抑え、スムーズに化学療法を進められるようにすることが歯科に求められている。
また、緩和ケア科の患者やその家族には、病気であっても、好きなものを食べたい、食べさせたい。また、お別れの後もみんなに見てもらうのにきれいな顔でいたい。といった患者やその家族の思いが存在する。これらの思いに答えるため、丁寧な対応を心がけている。
令和2年度の岩手県立中部病院のNST、歯科回診の人数は、新型コロナウイルスの流行にもかかわらずNST211人、血液内科110人、緩和ケア科11人、糖代謝内科83人、その他270人の合計685人であった。(図2)


図2

ところが令和2年7月29日に岩手県にも例外なく新型コロナウイルスが発生し、翌月の8月からは、歯科医師の回診参加が中断された。それ以降NST回診は、院内のメンバーのみで継続して行われていたため、院内の歯科衛生士に口腔内状況を記録してもらい、メールやFAX等で対応した。
岩手県立中部病院のNST歯科医師連携加算の算定件数は、昨年8月から歯科医師がNST回診に直接参加していなかったため、令和2年度は69件に減少した。(図3)


図3

新型コロナウイルスの影響と感染防止対策をした訪問歯科診療 岩手県では全国から遅れて新型コロナウイルスが発生したが、令和2年8月以降、病院の面会制限は厳しいものになり、現在も感染者の増減に応じて面会制限がされている。
歯科医師による訪問歯科診療を、病院から一方的に禁止されることはなかったが、飛沫防止のため、病室で入れ歯や歯の削合が容易に出来なくなった。義歯調整や歯の削合は、訪問歯科診療の依頼の約半数を占めているため、感染対策をした上で個室や処置室など別室を利用することになった。
このような新型コロナウイルスの対応で複雑になったにもかかわらず、岩手県立中部病院の訪問歯科診療の依頼件数は、令和2年度は100件の訪問歯科診療の依頼を維持することができた。(図4)


図4

退院後、術後のフォロー 岩手県立中部病院の令和2年度の周術期医科歯科連携の紹介理由をみると、手術前が76.5%と圧倒的に多い中で、化学療法の10.8%に次いで、退院後の口腔機能管理の維持のための紹介が7.8%ある。手術前から術後まで継続的に歯科受診に繋がっていることが伺える。(図5)
退院後は、術前にできなかった治療の続きはもちろんだが、全身のフレイルとオーラルフレイルを意識した、フォローが重要である。歯科治療時に気づくことができる例としては、診療台への移動に時間がかかったり、耳が遠くなったり、治療時に水が溜められずむせやすいとか、入れ歯の着脱が遅くなったといったことで気づくことができる。


図5

最後に このように、岩手県立中部病院と地域歯科医師会の医科歯科連携について話をしてきたが、新型コロナウイルスの流行前より積み重ねてきた連携のおかげで、新型コロナウイルスの影響は最小限にとどめられた。これからも地域の歯科医師として、感染対策に対応しながら患者の入院前、入院中、退院後の口腔内を支えていきたい。


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