過去の学術研修会ー第69回学術研修会講演会事後抄録ー

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講師:天野 敦雄 先生
(大阪大学歯学研究科
 予防歯科学・教授)
健口は幸せを感じやすい脳を作る ~コロナ時代を生き抜く智慧~

はじめに
我々の体は食べた物でできています。口は健康の入り口であり、健口は命を支えているのです。しかし、口の働きはそれだけではありません。健口だと脳が幸せを感じることをご存じでしょうか。患者さんの健口を取り戻し、守る。そして患者さんに幸福を感じやすい脳を作って頂きましょう。幸せは自給自足なのです。

患者も主治医
むし歯の洪水の昭和時代、歯科医院は患者の不摂生の後始末に追われていました。「は~い治りましたよ。痛くなったらまた来て下さいね」 は当時の歯科医院の決めぜりふ。その頃に子供だった患者さん達の耳に、この言葉は今なおしっかりと残っています。だから、今の中高年にとって歯の病気は完治する病気であり、歯科医院は痛くなったら行く所なのです。しかし、う蝕と歯周病の病因論が明確になった今、う蝕と歯周病に完治はないことが判っています。完治の無い疾患の発症・再発を防ぐために必要なものは、プロフェッショナルケアとセルフケア。患者も主治医であることが求められています。患者を主治医にするのは病因論を理解した歯科医師、歯科衛生士です。

歯周病原性バイオフィルム
デンタルバイオフィルム(プラーク、歯垢と同義。以下バイオフィルムと記載)には歯周病を起こす細菌種が存在します。1980年代に歯周病の発症に関連しているであろう10数種の細菌種が歯周病原性菌(あるいは歯周病関連菌)とされました。さらに1999年にPorphyromonas gingivalis、Tannerella forsythia、Treponema denticola の3菌種が歯周病菌とされ、この3種はレッドコンプレックスと名付けられました1)
 う蝕原因菌であるミュータンスレンサ球菌の口腔内定着は乳歯の萌出とともに開始されます。一方、歯周病菌の定着はずっと遅いのです。T. forsythiaT. denticolaは小学校高学年以降に、最も強力な歯周病菌であるP. gingivalisは18歳頃以降に口腔に定着することが判っています1)

歯周病原性バイオフィルムの細菌叢
歯周病原性バイオフィルムと健康バイオフィルム細菌叢は異なります2)。バイオフィルム細菌叢はピラミッドに例えられ、歯周病原性の高い細菌種ほど上層に区分されています(図1A)。生後間もなくからの細菌種の定着により。口腔内にピラミッドが積み上げられ、健康バイオフィルム細菌叢、あるいは歯周病原性バイオフィルム細菌叢の完成に向かいます(図1B)。
 幼少期よりの長い年月の間に、高頻度の唾液感染や不十分なブラッシングなどが原因で、悪玉菌が積み上げられたピラミッドが形成されると、歯周病原性の高いバイオフィルムが完成します。逆に細菌種が乏しく悪玉菌が少ない場合には、上層の構築はうまくいかず、歯周病原性の低いバイオフィルムになるようです1)。実際、下層あるいは中層をもたない上層だけのピラミッド(細菌叢)は存在しないため、歯周病発症は幼少期の細菌叢形成に左右されると考えられています。
 口腔細菌は唾液感染によって定着するので、歯周病原性バイオフィルムの形成を防ぐために18歳頃からは他人の唾液が自分の口に入らないように気をつけた方がいいのかもしれません。

図1A・図1B

歯周病発症の前
歯周病の発症原因はバイオフィルムと歯周組織の均衡崩壊です2)。青年期に歯周病原性ピラミッドが完成しても、中年期までは歯周病の発症は多くはありません。これはバイオフィルムの病原性と歯周組織の抵抗力の間に均衡が保たれているからです。歯周組織が若いこともありますが、大きな理由はバイオフィルムの病原性が低いことです。やがて中年期に向かい、いくつかの理由によってバイオフィルムの病原性が高まり均衡が崩壊します。この時、歯周病が発症するのです2)

Microbial shift
バイオフィルムの病原性が高くなるのは新たな細菌種の参入によるものではありません。常在菌のmicrobial shiftが原因です2)(図2)。Microbial shiftとは、バイオフィルムを取り巻く 栄養、温度、pH、嫌気度などの環境変化によって、細菌達が活気付き病原性を高める現象のことです。そのためバイオフィルム全体が「低病原性」から「高病原性」にシフトします。こうなるとバイオフィルムと歯・歯周組織の間の均衡が崩れ、う蝕や歯周病が発症・進行します(図3)。

図2


図3

歯周病の最新病因論
① 歯周病菌
21世紀初頭の歯周病菌はレッドコンプレックスと呼ばれる3菌種でした(今でも、これら細菌種は間違いなく最強の歯周病菌である)。現在では、様々な細菌種の協働作業によるmicrobial shiftが歯周病発症の原因であり、レッドコンプレックスがいるとmicrobial shiftが起こりやすくなると考えられています。

② 歯周病の発症
バイオフィルムのmicrobial shiftは数か月から数年をかけてゆっくりと起こります。バイオフィルム細菌の中には、他の細菌種の産生する代謝産物(排泄物)を栄養素として利用するものが多く存在します。磨き残されたバイオフィルムの細菌達は足らない栄養素をお互いに融通し合い、じわじわと病原性を高めていきます(図4)。
 歯周組織の炎症がさらに亢進すると、歯周ポケットの内面には潰瘍(上皮が脱落した状態)が形成されます。歯周病菌にとって鉄分とタンパク質は必須栄養素です。潰瘍面からの出血により、血液中の鉄分とタンパク質を摂取し歯周病菌は増殖し活発となりmicrobial shiftが起こります(図5)。その結果、バイオフィルムの病原性は大幅に高まり、歯周病菌と歯周組織の均衡が崩れ、歯周病が本格的に進行していきます。

図4


図5

① 歯周病の治療
歯周病発症の主な原因はmicrobial shiftですから、原因除去は細菌に供給される栄養を絶つことです。歯周基本治療により歯周ポケット内の細菌量が減少すれば、ポケット内の潰瘍面が修復し出血が止まります。これにより、バイオフィルムの病原性は大幅に低下しmicrobial shiftは元に戻ります。原因がなくなれば、歯周組織は自然に改善に向かい、やがて臨床的治癒は得られますが、完治ではありません。油断すれば再びmicrobial shiftが起きて再発するのが歯周病です。

健口が脳に幸せを感じさせる
① 第6の臓器、腸内細菌叢
腸内細菌叢は全身の健康に密接に関わっているため、第6の臓器と呼ばれています。ビフィズス菌や乳酸桿菌などの善玉菌が分泌する短鎖脂肪酸が腸に働きかけ、腸の免疫力を増強してくれます。腸は全身の免疫力の70%を担っていますから、ガンやコロナウイルス感染症対策にも効果があります。

② 幸せホルモンを増やす
短鎖脂肪酸に刺激された腸は脳に働きかけてドーパミン、セロトニンなどの幸せホルモンを分泌させます(図6)。幸せホルモンは私達の脳に幸せを感じさせ幸福感をもたらします。つまり、食物繊維やオリゴ糖を含んだ食品を十分摂取できる健口があると幸せになれるわけです。幸せになるためには地位も名誉もお金も要りません。健口さえあれば幸せホルモンの分泌が増え、脳は幸せを感じやすくなります。幸せの青い鳥は身近にいるのです。

図6

 参考文献
1)天野敦雄,村上伸也,岡 賢二 編:ビジュアル 歯周病を科学する.クインテッセンス出版、2012年.
2)天野敦雄:歯科衛生士のための 21世紀のペリオドントロジーダイジェスト(増補改訂版).クインテッセンス出版、2020年.


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講師:佐藤 貴彦 先生
(たかデンタルクリニック  岩手医大歯学部
 非常勤講師)


1歩先を行くマイクロスコープを用いたコンポジットレジン修復

【マイクロスコープ診療の有用性】
 正確な診断と治療精度の追求を目指して、たかデンタルクリニックでマイクロスコープ(歯科用顕微鏡)を導入したのは14年前である。当初は、根管治療を中心に用いてきたが、マイクロスコープ治療の可能性を感じることで修復治療、歯周病治療、補綴治療、外科治療とその分野を広げてきた。そして、7年前に「自費専門クリニック」にリニューアルしたことを機にほぼ全ての治療をマイクロスコープ下で行うようになった。また、歯科医師による根管治療や修復治療の「歯の保存」を中心とした治療と、歯科衛生士もマイクロスコープ下でメンテナンスを行い歯や歯肉の長期的な維持・安定を図ること、すなわち患者の治療と予防を全てマイクロスコープ下で行うことをクリニックの2本柱として掲げ現在に至っている。

【マイクロスコープの3大特徴】
・拡大
拡大した時に得られる情報量は、倍率の二乗と言われている。マイクロスコープ診療だけに限らず、拡大診療をすることは治療を行う上での多くの情報を得る役割を担っている。
・照明
裸眼やルーペを用いての治療と違い、マイクロスコープ下では視軸と光軸がほぼ一緒であることから陰になる部分が無く全体的に見やすい。
・記録
客観的事実の記録、治療の進み具合や治療前後の状態を動画や静止画を用いて記録した後に説明することで、患者様の安心感や信頼度にもつながる。



【マイクロスコープ下でのコンポジットレジン修復】
 コンポジットレジンによる直接修復いわゆる「ダイレクトボンディング」が日本で行われるようになって20年以上が経過している。マクロフィラー配合のコンポジットレジンを用いて充填操作を行っていた黎明期、コンポジットレジンやボンディングシステムが飛躍的な進化を遂げた成長期、そして、それらのポテンシャルを最大限に引き出すための方法が確立されてきた現在は、成熟期と言って良いかもしれない。成熟期の現在は、確実な接着操作や精密な充填による天然歯を復元した形態、歯質とコンポジットレジンとの境目がほとんど分からない精密な適合性などが求められてきている。



さらに、再現性のある解剖学的形態の復元もマイクロスコープ下でのダイレクトボンディングで行うことが可能となった。



 今回、私の日々の臨床での考え方、行っている治療、また成熟期の象徴であるマイクロスコープを用いた臼歯ダイレクトボンディングの充填方法について日本顕微鏡歯科学会に2018年に発表した論文をベース講演させていただいた。皆様の今後の臨床の参考になれば幸いである。

参考文献
1)Sato T:A Novel Technique Of Maxillary Molar Class I Restoration Incorporating Resin-Composite Under Dental Operating Microscope.MICRO,9(1):6-12,2018.


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