過去の学術研修会ー第72回学術研修会講演会事後抄録ー

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講師:齋藤 花重 先生
(Diplomate.
American Board of
Periodontlogy Director.
Predoctoral Periodontal Education Clinical
Associate Professor.
Department of
Advanced Scienses &
Therapeutics.
Division of
Periodontics University
of Maryland School Dentistry)
フラップレス即時埋入におけるインプラントのマイクロデザイン

 抜歯後の補綴修復の選択肢として、審美性・機能性の高い治療が達成できるインプラント治療が行われる頻度が増えています。中でも、治療期間の短縮、周囲組織の保全の目的から、即時埋入および即時暫間補綴物が選択されることが増えてきました。本講演では、
1.フラップレス即時埋入・プロビジョナルの治癒過程と時系列に沿った各ステップとその役割の見直し
2.インプラントボディデザインから得られる効果
3.プロビジョナルの持つ、インプラント周囲組織安定性を含む審美回復以外の役割と軟組織の各材料に対するレスポンス
についてお話ししました。

1.フラップレス即時埋入・プロビジョナルの治癒過程と時系列に沿った各ステップとその役割の見直し
 Dual-Zone Technique1, 2におけるフラップレスによる抜歯、抜歯窩へのインプラント埋入後、頬側骨とインプラント体間のGap(Bone Zone)および歯肉辺縁(Tissue Zone)部への骨補填材の使用、補綴的Socket sealing、そして最低限の治癒期間、それぞれの役割についてお話ししました。 フラップレスによる抜歯:Phenotypeに関わらず抜歯後に得られる血液供給減として頬側骨膜をUndisturbedの状態で保存することを目的としています。

骨補填材の使用: Dual Zone Techniqueでは骨補填材をBone Zone内のインプラント体頬側のGapだけではなく歯肉辺縁(Tissue Zone)まで充填するという特徴があり、Gapへのフィラーとしての役割および、軟組織の厚みの保持を目的としています。

補綴的Socket Sealing: Dual Zone Techniqueの骨補填材の内包・保護および維持を目的としており、プロビジョナル歯肉縁下部およびカスタムヒーリングアバットメントの使用はDual Zone Techniqueにおける最低要件となっています。抜歯前の硬・軟組織の保存を目的としているため、暫間補綴物歯肉縁下部の形態は天然歯の歯頚部を模倣したものが推奨されます。

最終印象までに必要な治癒:Dual Zone Techniqueで特徴的なことの一つに最終印象までの最低治癒期間の長さがあります。の成熟も目的としているため、Thin Phenotypeの場合、最低でも4-5か月の治癒期間が必要となります。

2.インプラントボディデザインから得られる効果
プラットフォームスイッチング、Subcrestal Angle Correction、Inverted Body Shiftの各デザインの持つそれぞれの臨床的役割についてお話ししました3 - 5。Dual Zone Techniqueにおいて、プロビジョナルの使用が最低条件であることを考慮すると、硬軟組織の保持および初期固定を得やすいデザインを持つインプラントを選択する必要があります。

3.プロビジョナルの持つ、インプラント周囲組織安定性を含む審美回復以外の役割と軟組織の各材料に対するレスポンス
Dual Zone Techniqueでは基本的にメンブレンを使用せずプロビジョナルでの創の閉鎖を図ります。治癒期間中の骨補填材の内包と保護を目的としており、 カスタムヒーリングアバットメントもしくは暫間補綴物を使って創傷を保護するこの方法は生物学的な計測をした場合に好ましい結果を導いてくれるという研究結果が出ています6, 7

まとめ
いずれにせよ、生物学的要件に基づいた術式及びインプラントデザインを含めた材料の選択がマストであり、継続的な経過観察、臨床及び基礎研究のデータに基づいたさらなる長期的研究が望まれます。

1. Chu SJ, Salama MA, Salama H, Garber DA, Saito H, Sarnachiaro GO, Tarnow DP. The Dual-Zone Therapeutic Concept of Managing Immediate Implant Placement and Provisional Restoration in Anterior Extraction Sockets. Compendium Vol33, Jul/Aug, 2012
2. Saito H, Chu SJ, Tarnow DP. Immediate Tooth Replacement Therapy with Dual Zone Management in Anterior Extraction Socket. Quintessence DENTAL Implantology. 2020;27(3):71-79.
3. Saito H, Chu SJ, Zamzok J, Brown M, Smith R, Sarnachiaro GO, Hochman M, Flether P, Tarnow DP, Reynolds MA. Flapless Postextraction Socket Implant Placement: The Effects of a Platform Switch Designed Implant on Peri-implant Soft Tissue Thickness - A Prospective Study. International Journal of Periodontology and Restorative Dentistry 2018:38(Suppl):S9-S15.
4. Chu SJ, Saito H, Östman PO, Levin BP, Reynolds MA, Tarnow DP. Immediate Tooth Replacement Therapy in Postextraction Sockets: A Comparative Prospective Study on the Effect of Variable Platform-Switched Subcrestal Angle Correction Implants. Int J Periodontics Restorative Dent. 2020;40(4):509-517
5. Saito H, Chu SJ, Tarnow DP. The effect of implant macrogeometry in immediate tooth replacement therapy: A case series. J Esthet Restor Dent. 2022;34(1):154-166
6. Tarnow DP, Chu SJ, Salama MA, Garber DA, Salama H, Sarnachiaro GO, Gotta S, Gotta S, Stappert CFJ, Saito H. Post-extraction socket implants: Part 1 - The effect of bone grafting and/or provisional restoration on facial-palatal ridge dimensional change: A retrospective cohort study. International Journal of Periodontology and Restorative Dentistry 2014;43(3): 323-31
7. Chu SJ, Garber DA, Salama MA, Salama H, Sarnachiaro GO, Gotta S, Gotta S, Reynolds MA, Saito H, Tarnow DP. The effect of bone grafting and/or provisional restoration on the thickness of the facial mucosal tissues of sockets with immediately placed implants - Part 2: A retrospective cohort study. International Journal of Periodontology and Restorative Dentistry 2015;35(6):803-9.

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講師:佐々木 勝忠 先生
(元奥州市国保
衣川歯科診療所所長)


舌下神経麻痺による接触・嚥下障害~経験した症例の検討~

【はじめに】
 経口摂取の口腔運動機能は、口に食物を取り込んで、咀嚼し、食塊を咽頭に送ることで、そのためには口唇の機能(顔面神経)と舌の機能(舌下神経)が重要になってくる。舌下神経麻痺があると、麻痺側の舌が口蓋への接触不良を起こし咀嚼や咽頭へ食塊の送り込み困難症状や、話が聞きづらくなる症状が出現する。舌下神経麻痺の障害部位別(中枢性、末梢性、核性)に経験した症例をまじえて解説するが、障害部位での症状の違いを知ることは、脳障害部位の診断の一助になる。ALS(筋萎縮性側索硬化症)のような脳神経難病では、脳神経内科医との早期医療連携で患者の少ない余命期間のQOLを高める可能性がある。

【運動神経の走行と舌下神経の片側性支配について】
 運動指令は、中枢側ニューロンから末梢側ニューロンへ、2つのニューロンを介して筋肉にインパルスが伝わる。この中枢側ニューロンの集まっているところは、前頭葉にあって、前頭葉運動野という(図1左)。この運動野を全額断に輪切りにすると、体のどの部位を動かすか決まっている(図1右)。末梢側ニューロンの細胞集合体を運動核といい、反対側の脳幹や脊髄前角にある。


図 1 運動神経の走行

 舌の中枢性神経インパルスは、延髄の反対側の舌下神経核に伝わり、そこから末梢性の舌下神経が舌の筋肉にインパルスを伝える。延髄の舌下神経核には、左右両側の中枢側神経からのインパルスが伝わるものと、片側からのみ伝わるものがあり、片側のみから伝わる舌下神経はオトガイ舌筋支配神経である(図2左)。オトガイ舌筋は、緊張しないとの安静を保つが(図2右図上)、緊張すると舌体後部を前方に引き、舌を前に出し挺舌運動をする(図2右図下)。

図 2 舌下神経の片側性支配とオトガイ舌筋

【部位別舌下神経麻痺について】
 舌下神経麻痺には、図3左のように、中枢性舌下神経麻痺(大脳内の障害)と核性舌下神経麻痺(延髄の舌下神経核の障害)、末梢性舌下神経麻痺(舌下神経核より末梢)がある。
 中枢性舌下神経麻痺は、舌安静時左右差がなく、挺舌で脳障害と反対側に偏位し、末梢性舌下神経麻痺は、安静時に左右差があって、挺舌では脳障害と同側に偏位する(図3右)。

図 3 舌下神経麻痺

【中枢性舌下神経麻痺について】
 講話では、中枢性舌下神経麻痺の症例として2症例を供覧したが、症例1のみを提示する。症例は、図4のように、70歳、男性、診断名は脳梗塞(右放線冠梗塞)。症状は、嚥下障害。舌安静時左右差なく、挺舌で脳障害と反対側に偏位した。当時はPAPの知識なく、咬合高径の低い上顎義歯を装着し(図4右下)、嚥下体操などの指導を実施した。旧義歯と咬合高径低くした義歯の嚥下効果を嚥下造影検査で比較すると、旧義歯では4回、咬合高径の低い義歯では1回嚥下努力してから嚥下が可能であり、咬合高径の低い義歯で効果がみられた。

図 4 中枢性舌下神経麻痺

 中枢性舌下神経麻痺症例1の経過は図5のように、歯科介入で食形態が向上し、栄養改善がみられ、日常生活自立度も元に戻すことにことができた。


図 5 栄養と全身状態の改善経過

【末梢性舌下神経麻痺について】
末梢性舌下神経麻痺症例1は、82歳、女性、診断名は脳梗塞(陳旧性)。症状は、舌安静時右弛緩、挺舌で脳障害と同側に偏位した(図6)。PAPを装着し嚥下造影検査比較をすると、PAPに臼歯部の人工歯が付与されたことも影響しているかもしれないがPAPで咀嚼が良好になり、嚥下時間も短くなった。

図 6 末梢性舌下神経麻痺

 この症例では、図7のように、延髄の交感神経支配の上眼瞼版の麻痺による左目の眼瞼下垂や軟口蓋のリズム異常によって鼻咽腔が閉鎖し、鼻から呼気できない症状などがみられた。

図 7 多彩な症状の出現

【核性舌下神経麻痺について】
 核性舌下神経麻痺について、ALS症例を供覧する。典型的ALSでは、四肢の筋力低下と筋委縮からの発病が多い。四肢に全く異常がなく、嚥下・構音障害(球麻痺)からの発病が20?40%みられる(図8)。初回受診する診療科は多科にわたる。

図 8 ALSの確定に至る過程と初発症状の出現部位

ALS症例1の主訴や経過等は図9に示す。摂食機能障害で保健センターから紹介され、歯科では構音検査や最大発声・呼気時間検査を行い、口腔機能不全や食導入口部、声帯、呼吸等の機能障害ある判断していたが、大阪大学舘村先生に相談しALSの疑いを示唆された。低栄養になってきて、かかりつけの中部病院の北村院長に相談、中部病院で入院加療することになったが、胃瘻造設を希望せず、歯科受診後3カ月で亡くなった。

図 9 ALS症例 1 経過

ALS症例2の主訴や経過等は図10示す。以前よりPMTCを実施していたが、2016年に飲み込みがおかしいと訴えていた。2017年に嚥下障害が強くなり某病院へ精査を依頼したら、その5か月後にALSと診断されて歯科受診があった。誤嚥や舌の萎縮(図10右下写真)、会話を聞き取れないなどの症状がみられた。嚥下力も弱くなったのでPAPの検討を行い、厚めのPAPを装着し食形態の改善がみられました。

図 10 ALS症例 2 経過(1)

改善した状況は娘さんの食事観察日誌(図11)で分かる。しかし、病状は進行しPAP装着から5カ月後に胃瘻造設し、その1か月後に亡くなられた。娘さんからいただいた手紙を図11に記す。

図 11 ALS症例 2 経過(2)

 ALSは、運動神経が進行性に変性脱落する疾患で、舌下神経核の細胞も変性する。その症状が初発症状として口腔に現れる確率は、20?40%である。ALS症例2では、PAPが嚥下の改善に寄与し、食べる楽しみを維持し、短い余命のQOLを上げた症例であった。

【PAP(舌接触補助床)の作製手順】
 PAPの私なりの作成方法を図12に示す。上顎床の切歯乳頭部付近に即重レジン、またはティッシュコンデショナーを少し盛って、嚥下してもらう。①即重レジンの場合は研磨してPAP完成。ティッシュコン使用の場合、②リベースしてPAP完成、③副模型を作ってPAP完成、④口蓋面にパテを圧接して、そのパテに薄くレジンを盛って口蓋板(個人的につけている名称)を作り床に張り付ける、の方法がある。口蓋板を張り付けて作ったPAPは軽いが、口蓋板と床の間に不純物が溜まるので、修理する必要がある。

図 12 舌接触補助床の私なりの作り方

【おわりに】
 中枢性舌下神経麻痺は、舌安静時左右差がなく、挺舌で脳障害と反対側に偏位し、末梢性舌下神経麻痺は、安静時に左右差があって、挺舌では脳障害と同側に偏位する。ALSでは、核性舌下神経麻痺の症状として嚥下障害や舌萎縮・繊維束収縮、会話不全が初発症状として口腔に症状が出現(20?40%)する。舌下神経麻痺に対してPAPは有効である。舌の症状から脳神経障害部位が分かることがあるので、脳神経内科の医師と連携し、歯科処置の有効性を示しながら、患者さんに寄り添う歯科医師であってもらいたい。

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講師:小見山 道 先生
(本大学松戸歯学部
クラウンブリッジ
補綴学講座 教授
日本大学
松戸歯学部付属病院
口・顔・頭の痛み外来 責任者)


歯原性歯痛と非歯原性歯痛の鑑別、勘所

 現在最も大きな疼痛の国際的研究組織である国際疼痛学会(International Association for the Study of Pain: IASP)において,痛みの定義は「実際の組織損傷もしくは組織損傷が起こりうる状態に付随する、あるいはそれに似た、感覚かつ情動の不快な体験(2020)」とされる。すなわち現在,組織損傷がなくても痛みを感じることが常識である。我々歯科医師は,患者の頭頸部に発生した極度の痛みをただちに消失させることができる数少ない職業であるにも関わらず,実は痛みについてそれほど詳しい教育を受けているわけではない。歯髄中の自由神経終末に発生した痛みの電気信号が,一次求心性ニューロンを経由して三叉神経脊髄路核でシナプスを介し,伝達された信号が二次ニューロンを上向し視床に至り,大脳で初めて痛みを認知する極めて当たり前の伝導経路を,抜髄治療中の歯科医師は,どのくらい意識しているであろうか1)

(図1)

 マイクロスコープにより見えなかった根管内が見えるようになったにも関わらず,原因不明の歯痛に悩む患者や歯科医師は多い。日本口腔顔面痛学会では,非歯原性歯痛のガイドラインを発刊して,難治性の歯痛に対して悩む歯科医師に考えるべき道標を示した2)。患者が「歯が痛い」と言うにも関わらず,そこに原因がないように思えるという現象を考えてみると,2つの疼痛に行きつく。その一つは神経障害性疼痛であり,もう一つは異所痛である。
 神経障害性疼痛は,神経系の解剖学的損傷,炎症,虚血,圧迫,神経原性腫瘍,脱髄疾患などにより,侵害刺激がなくても異所性の活動電位や過剰な興奮,興奮の異常な持続,興奮伝達の過剰な促進が生じ,疼痛として認識される3)

(表1)

したがって過去において存在した損傷が,その後も見えない形で神経伝達系の問題として疼痛を発現し続けることで,そこに原因がないように思える痛みとなる。
 異所痛とは原因部位と感受部位が一致しない疼痛であり,中枢痛,投射痛,関連痛に分類される1)

(表2)

中枢痛とは中枢神経系に障害がある神経障害性疼痛であり,脳卒中後疼痛や多発性硬化症に伴い,末梢に発生する疼痛である。投射痛とは,ある神経の中枢側に原因があり,その神経の末梢部位に疼痛を生じるものであり,三叉神経が脳幹にはいるところで血管に圧迫されたり,腫瘍の成長で圧迫されて発生する三叉神経痛が有名である。したがって三叉神経痛は,異所痛の投射痛であり,かつ神経障害性疼痛に分類される。三叉神経痛は発作性の電撃痛であり,歯髄痛との鑑別が困難となることが多い。脳神経外科の医師に「なぜ歯科医師は三叉神経痛の患者の歯を抜歯するのか」と言われた所以である。関連痛は疼痛の原因神経とは別の神経に痛みを生じる。筋・筋膜性の歯痛はこの関連痛に分類され,筋肉に対する侵害受容性疼痛が,歯に対して異所痛として作用する現象である。
 原因不明で紹介される歯痛のうち,臨床で最も頻繁に遭遇する病態が,筋・筋膜性疼痛からの関連痛としての歯痛である。痛みの性状は,数時間にわたる持続性の鈍痛であり,疼痛を訴える歯に見合った所見を認めない。

(表3)

検査として当該歯およびその周辺に診断的局所麻酔を行う。さらに咀嚼筋の触診を行い,歯の痛みを再現して確認する。

(写真1)

このメカニズムは,疼痛の原因となる筋への障害が長期化することで,三叉神経脊髄路核で隣接する収束ニューロンが中枢性に感作され余分な侵害刺激を高次中枢にリレーする現象で説明される4)

(図2)

治療にあたっては,原因となる咀嚼筋に対するマッサージや開口ストレッチといった物理療法,あるいは歯列接触癖への対応やスプリント治療も適応となる。

(写真2)

必要であれば,中枢性筋弛緩薬や三環系抗うつ薬の処方の検討が必要となるが,医科に依頼することとなる。
 神経障害性疼痛は国際疼痛学会の定義で「体性感覚神経系の病変や疾患によって生じている疼痛」(国際疼痛学会 2011年)とされ、侵害刺激が関与せず、末梢神経や中枢神経の障害による可塑的変化が関与する。抜髄あるいは抜歯後の遷延する疼痛で,神経障害性疼痛の特徴を有した場合「外傷性有痛性三叉神経ニューロパチー」の診断が適応されるが,歯内療法後の難治性の疼痛では3-13%であると報告される5)。「外傷性有痛性三叉神経ニューロパチー」の治療は,抗てんかん薬であるプレガバリンが「神経障害性疼痛」の病名で保険適用となったので,歯科医師が処方可能である。
 よく原因不明の痛みというと,短絡的に発想されるのが「心因性」の痛みである。「心因性」という言葉からは「心」の病という印象を持たれるが,現在は,脳内の伝達物質の異常で説明される。診断の目安としては,訴えが非定型であり変化すること、また正中をまたいで痛みが右から左などに移動する時は疑うことが多い。このような場合,脳内の電気信号の不調和,あるいは信号を伝達する化学物質の問題と説明できれば,他科への依頼に際しての患者へのインフォームドコンセントも円滑に行うことができる。
 外来に老夫婦が初診で来院された。喜寿を過ぎてまだお元気な様子であったが,奥様曰く「主人が,歯が痛くて眠れないので診て欲しい。」とのことであった。1年前から上顎左側のブリッジ周辺の歯が痛く,かかりつけ歯科医で原因がわからず,「三叉神経痛の疑い」という紹介状を持参された。内科,耳鼻咽喉科,ペインクリニックにも受診したが,簡単な処方や数回のブロック注射で終了し,全く痛みはとれなかった。当外来でも口腔内診査やパノラマエックス線検査で特に異常所見は認めなかったが,疼痛部位周辺への麻酔にて痛みが消失せず,CTによる画像検査を追加したところ,

(写真3)

中咽頭左側壁に約4 x 3 cmの腫瘤があり,耳鼻咽喉科医師により中咽頭ガンの頚部リンパ節転移を確認した。ただちに転院したが残念ながら1か月後には帰らぬ人となった。かかりつけの歯科医院には,1年以上前から歯の痛みを訴えて来院していた。歯の痛みが,死に至る病の症状の1つである可能性は,全ての歯科医師に必ず伝えるべき最優先事項の1つである。
 歯科において痛みへの対処は至極当然であるが,根管治療後や義歯の痛みがとれない患者において,臨床上の優れた技術だけでは対応できない症例が多数存在し,この拙稿のような理由をすべての歯科医師が理解し,不幸な患者を少しでも救済して欲しいと切に希望する。

文献
1)Okeson JP. Bell's Oral and Facial Pains, 7th edition. 3~100, Quintessence Publishing Co, Inc., Chicago, 2014
2)口腔顔面痛学会ガイドライン委員会:非歯原性歯痛の診療ガイドライン 口腔顔面痛学会雑誌,4巻2号:6~41,2011.
3)Benoliel R, Kahn J, Eliav E. Peripheral painful traumatic trigeminal neuropathies. Oral Dis, 18(4): 317~332, 2012.
4)日本口腔顔面痛学会編:口腔顔面痛の診断と治療マニュアル,144~193 医歯薬出版,東京,2013.
5)Polycarpou N, Ng YL, Canavan D, Moles DR, Gulabivala K.: Prevalence of persistent pain after endodontic treatment and factors affecting its occurrence in cases with complete radiographic healing. Int Endod J 38(3): 169-178, 2005.

図,表,写真の説明
図1 歯や顔面領域からの痛みの伝導路
図2 関連痛のメカニズム。三叉神経脊髄路核のシナプスにおいて,咀嚼筋からの信号が,歯からの疼痛伝達経路に収束する

写真1 筋・筋膜性歯痛症例 下顎右側6番に持続性の自発痛を訴えたが歯科疾患所見はなく,咬筋の触診にて当該歯にいつも感じている痛みを再現した。
写真2 咀嚼筋マッサージと咀嚼筋ストレッチ
写真3 慢性歯痛の原因であった中咽頭ガンのCT
中咽頭左側壁に約4 x 3 cmの腫瘤と,梨上陥凹部および下咽頭後壁への進展を認めた

表1 侵害受容性疼痛と神経障害性疼痛
表2 原発痛と異所痛
表3 筋・筋膜性歯痛の疼痛構造化問診表

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