岩手医科大学
歯学部同窓会

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第48回(平成27年3月15日)

総義歯3つのエッセンス ‐吸着して機能的な義歯のストラテジー‐

齋藤 善広 先生
齋藤 善広 先生

講師: 齋藤 善広 先生
(宮城県仙台市開業)

義歯は動いて機能する

 咀嚼時の義歯は、咀嚼力・口腔粘膜形態の変化・食物の粘着性によって常に不安定な環境にさらされている。歯の作業側は咀嚼圧によって粘膜面に押し付けられ、平衡側では浮き上がりが生じている。また、咀嚼にともなう頬粘膜や舌、口唇など不随意運動は、直接義歯を不安定にしている。さらに、食物の粘着性は、義歯を持ち上げる原因となっている。総義歯は、これらの不安定要素により”動かされながら機能している”ため、患者は反射的な制御によって咀嚼していると考えられる。(図1)

総義歯3つのエッセンス

 それでは不安定要素に対する方策は何であろうか? 筆者は、印象採得、咬合採得、人工歯排列の3つのエッセンスを追い求めることで、調整回数が少なく、患者満足度の高い義歯を提供できると考えている。求める義歯の姿を明確にイメージし、エラーの少ない各ステップを積み重ね、正確な技工により統合させることが成功のカギである。(図2)

印象採得

 近年、総義歯の維持・安定が良好なほど、患者満足度が高いという研究報告がなされている。それゆえ、下顎総義歯の吸着は、患者満足度に大きく貢献するものと思われる。
 吸着総義歯は、枠なしトレー印象法をファーストステップとしてスナップ印象を行えば、誰にでも到達することが可能である。スナップ印象により各個トレーの外形線が決定され、患者主導型の精密印象を行えば、吸着義歯の辺縁は患者自身によって決定される。筆者は、吸着総義歯が一つの理想形態であると考えている。(図3)

咬合採得

 咬合のエラーは、上下義歯における”咬合の不均衡”と”水平的ズレ”を生じさせる。エラーの少ない咬合採得のためには、情報量を多くして多角的に評価することが有効である。なかでもゴシックアーチ描記法は、顎関節のポステリアガイダンスの状態を把握することができ、適切なタッピングポイントを評価するのに有効な情報が得られると考えている。(図4)

人工歯排列

人工歯排列は、審美性と機能性を左右している。機能時の安定には、片側性バランスと両側性バランスを両立することが有効である。片側性バランスは、咀嚼力による義歯の傾きに抵抗するためのものである。両側性バランスは、咀嚼時に生じた義歯の傾きいち早く止めるためのものである。これらのバランスは、咬合器上で台形法を基準線として、両側性平衡咬合となるように排列することで獲得できる。(図5)

おわりに

 義歯は動きながら機能しているため、模型上で静的に捉えるばかりでなく、咀嚼時の動的な安定を考慮することが必要である。どのような難症例であっても、患者ごとに3つのエッセンスを丹念に突き詰めて行くことこそ、総義歯治療成功への近道であろう。(図6)


ランチョンセミナー

ブラキシズムの可視化によってみえてきたもの

金村 清孝 先生
金村 清孝 先生

講師:金村 清孝 先生
(岩手医科大学歯学部 補綴・インプラント学講座 准教授)

Keywords
ブラキシズム、携帯型筋電計、ストレス、上部構造の破損、スポーツ中の咬みしめ

 ブラキシズムは顎関節症の増悪因子であるばかりで無く、歯周疾患、歯の咬耗、歯根破折、補綴装置の破損等に影響し、歯科治療を行う上で大きなリスクファクターとして話題に上がることが多くなっている。脳機能、遺伝子レベルからも研究が進められ原因解明に向かっているものの、不明のままである。そして治療には対症療法としてナイトガードが用いられるものの、未だ有効な手段がないのが現状である。「歯をくいしばって頑張る」というように、集中しているときや何かに必死なとき、精神的ストレス要因によってくいしばっていると言われている。しかし、本当にかみしめているのかどうかはそのイメージが先行しているものの、それを客観的にとらえた報告は少ない。今回、演者等の研究チームが開発した携帯型筋電計を用いて客観的にブラキシズムを評価し、特に日中に生じるクレンチングを可視化することによって明らかになったこと、ブラキシズムの可視化によって発生状況を患者と共有することについてトピックス的にお話しさせて頂きたい。また、2016年岩手国体開催を踏まえ、スポーツ競技中の咀嚼筋活動についてもご紹介させて頂く。

1.クレンチングとストレスの関係

 日中に生じるクレンチングと心理特性の関わりを明らかにするため、携帯型筋電計による日常生活環境下での側頭筋部EMG計測結果と3種類の心理テスト(不安の程度を測定するための日本版MMPI Modified Taylor Manifest Anxiety Scale(MAS)、抑うつ性を調べるためのSelf-rating Depression Scale日本版(SDS)、身体的・精神的自覚症状を調べるためのCornell Medical Index 日本版(CMI))を実施し、両者の関連を追究した。その結果、日常生活環境下で生じる日中のクレンチングは、高度の不安傾向と関連があることが示された。また、クレンチング群の非機能的(食事や会話を除く)な筋活動量は、非クレンチング群に比べ3.5倍大きいことが明らかとなった。また弱く持続的な筋活動が特徴的であり、上下歯列接触癖が客観的に観察されたものと解釈できた。

2.インプラント上部構造破損ケースの咀嚼筋活動

 近年デジタル技術の進歩によってインプラントの埋入の精度と安全性が向上するなかで、術後の合併症として生じる上部構造の破損は、多くの先生が経験しているかもしれない。ブラキシズムの関与が予想される補綴装置の破損症例の場合、その原因が患者自身の咬合力であったとしても証明する手段がないため、患者は必ずしも納得せず、術者側に何らかのエラーがあったと不信感を抱くことが少なくない。加えて治療費が高額ゆえに患者と医療者側の関係を悪化しかねず、治療の再介入のタイミングを困難にしているケースもあると思われる。今回、上部構造の破損経験を有する患者群に携帯型筋電計を装着し、食事等の機能運動を除いた終日の咀嚼筋筋活動を観察したところ、健常群よりも大きな筋活動が観察され、夜間のみならず、日中の非機能的な筋活動が大きいケース(クレンチング)が観察された。インプラントの術前に、患者の咀嚼筋活動を検査することは、リスクを事前に評価することを可能とし、今後予想されるトラブルを術前に患者に説明できれば、上記のトラブルは軽減され、治療の再介入もスムーズになるものと考えられ、顎機能検査の有効性が示された。

3.スポーツ中のかみしめについて

  「世界の王貞治はバッティング練習、素振りの時に一生懸命に歯をくいしばったため、臼歯がぼろぼろになった」という報道を記憶している。これが一流スポーツ選手の宿命、またはその証のごとく報道されていたが、健康増進に向けてスポーツを推進する場合、「歯を失うことが一流選手の証」であっては本末転倒とも言える。このような疑問から、各種競技中の咀嚼筋活動を観察し、競技中の咀嚼筋活動とプレーの関連を観察した。その結果、リュージュ(ソリ競技)ではスタート動作の強い上腕の動きに合わせて強い咀嚼筋活動が観察された。また、バスケットボールではディフェンス時、ダッシュ時等に観察された。また、競技中には日常生活時と比較して単位時間あたり3.5倍の筋活動が観察されたことから、外傷防止のみならず、自身の咬合力に酔って生じる歯の破折、歯周組織、顎関節への影響も考慮したマウスガード使用を推進する歯科的サポートの必要性が考えられた。

ー最後にー

 本ランチョンセミナーを担当させて頂くに際し、同窓会長の城茂治先生、同窓会学術研修部長の中野廣一先生、座長の髙瀨真二先生を初め、同窓会の先生方には大変お世話になりました。また、懐かしい先生方にもお目にかかることができました。貴重な機会を頂きましたことをこころより感謝申し上げます。引き続き歯学部の活動にご協力賜りたく宜しくお願い申し上げます。

日常生活行動を妨げない携帯型筋電計の開発