岩手医科大学
歯学部同窓会

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第67回(令和3年5月9~23日)

オンラインセミナー

超高齢者が求める歯科医療に向き合う
 ~歯科医療は健康寿命の延伸に貢献することが出来るのか~

小林 琢也 先生
小林 琢也 先生

講師:小林 琢也 先生
(岩手医科大学歯学部 補綴・インプラント学講座 摂食嚥下・口腔リハビリテーション学分野・教授)

はじめに

 近年、歯科医療を取り巻く環境は大きく変わっています.世界最高の長寿国となったわが国では,平均寿命と健康寿命との差が10年近く離開しています。この差はこれからも大きく短縮するのは難しいとされ、救命と延命医療技術の先進国のジレンマでもあります。昨日まで診療所に通っていた患者が,脳血管疾患などで突然に要介護状態となり診療所に通院が困難となったり,認知症の進行によりある時から通院しなくなる患者が多くなってきました。そのような通院困難者数はおよそ700 万人とも言われています。要介護となって診療所に通えなくても,歯科治療を必要としている患者は数多くいるのではないでしょうか。今回の演題の中に「超高齢者」という言葉をいれさせていただきました。しかし、この言葉はまだ存在しない言葉です。現在、日本老年学会と日本老年医学会では、現在の日本社会の現状に呼び名があっていないとして、75歳から89歳までを「高齢者」、90歳からを「超高齢者」と定義しようと提言されています。近い将来、高齢者の定義が変わるかもしれません。定義が変わったとしても、誰もが最後まで楽しく生きたい、健康状態をなるべく維持したいと考えるのは幾つまで生きたとしても変わりがないと思います。
 そこで講演では、これから先90歳以上の高齢者が増加することが予想される中で、多くの人が望む健康寿命の延伸に歯科医療は貢献することが出来るのかを考えてみます。

食事(栄養)と口腔機能との関係

 健康寿命を延伸し不健康な期間を短縮することは、全世界の共通の政策課題の一つとなっています。世界における死亡原因の70%を占めるのが非感染性疾患(Non-Communicable Diseases;NCDs)です。NCDs の代表的疾患は糖尿病、循環器疾患、呼吸器疾患、がんなどです。このNCDsを予防することが健康寿命の延伸に直結するものと思われます。世界保健機構(WHO) は、NCDsの予防とコントロールには、不適切な生活習慣(不健康な食事、運動不足、喫煙、過度の飲酒等)を改善することとしています。この中には、不適切な食事が含まれており、これに関して歯科医療が改善に関わっていくことができるのではないでしょうか。健康な食事を実践するには歯を残すこと、すなわち口腔機能の維持が大事であることは、誰もが共通認識として持っていると思われます。歯の喪失は、咀嚼能力や咬合力を低下させ、食事内容を変化させます。食べる食品に偏りが生じると栄養バランスが崩れた食事を長期間続けることで、全身に影響を及ぼし疾患を発症させる一要因となります。
 これまでの報告をみると、歯を喪失すると、非澱粉性多糖類(果物、野菜、穀類),タンパク質,カルシウム,鉄,ナイアシン,ビタミンCの摂取が低下し、血液中の血清ビタミンC,ビタミンAが低下する1)と報告されています。これは多くの歯を失うと生じると思われがちですが、たった1歯失っても摂取食品が変化して影響が出ることが分かっています。また、歯の喪失によって栄養量が低下するのではなく、むしろ栄養価の低く高カロリーの食品を摂取するようになるので逆に栄養量は過剰になるとしています。歯数による栄養素の摂取量を調べた報告2)があります(図1)。このグラフは、25本以上残存歯を持つ人を基準として、20~24本の群、10~19本の群、1~9本の群、0本の群に分けています。青で塗りつぶした、ビタミンACE、カロチン、食物繊維などは歯の喪失によって低下を認める栄養素です。赤で塗りつぶしたエネルギー、炭水化物は逆に増加しています。この報告は、歯数が減少することで、摂取栄養素のバランスが崩れることを示しています。この摂取栄養素のバランスの崩れを長年蓄積することで全身疾患の発症に影響を及ぼしていると考えられています。

現在歯数に見えた栄養素・食品群摂取量

口腔機能と全身疾患との関係

 歯の喪失が摂取栄養素を変化させることが分かっていますが、歯の喪失が全身疾患と関連するでしょうか。Abnetらは、歯数が減少すると死亡リスクが13%上昇し、上部消化器癌(35%)、心疾患(28%)、脳卒中(12%)、循環器系疾患(35%)も高くなる3)と報告し、その他の多くの論文でも全身疾患の罹患率の向上を報告しています。一方で、歯が喪失しても口腔機能を回復すると生命予後が伸びるという報告もあります。Appollonioらは、歯がある人に対して歯を喪失し義歯を使用していない人は死亡率が1.5倍であったが、義歯を使用すると1.3倍に低下したとしています4)。また、義歯が必要な人で義歯を使用している人と使用していない人を比較すると、若いころにはその差はないが、80歳を超えるころに差が現れ、使用していない人に比べて使用している人の死亡率は0.7倍に低下する5)との報告もあります。また、かかりつけ歯科医がない人は、ある人に比べて要介護状態に1.4倍なりやすいとの報告もあり、口腔機能を維持管理することは、疾患発生の予防に繋がり健康寿命の延伸に貢献できると考えられます。

まとめ

 私が考える、歯科疾患とNCDsとの関係を示したフローチャートになります(図2)。
これまで、歯周疾患と全身疾患との関係についての数多く報告がなされ、その原因として炎症性サイトカインがあげられエビデンスが蓄積されています。私が働く急性期病院に入院してくるNCDsの患者さんをみると歯を喪失している患者さんがほとんどを占めます。歯周疾患による炎症サイトカインの影響か、歯の喪失が及ぼす栄養素摂取バランスの崩れによる影響か、その両方の影響なのか、その詳細を判別できるデータはまだありませんが、いずれにせよ歯の喪失は全身疾患の発症に影響を及ぼしていることは間違いないと思います。
 歯周病による慢性炎症を減らすことで、NCDsの疾患発症を低下させることが可能です。また、歯の喪失や口腔機能の低下を防止し、摂取栄養素の偏りを少なくすることからNCDsの発症低下を低下させることも可能です。バランスの取れた栄養の確保は筋力の維持にも貢献され、サルコペニア防止に繋がり、高齢者のQOLを維持することに繋がります。
 超高齢者に対して、我々が選択する歯科治療は、失った機能に対してなんでも理想的な歯科治療をすることではありません。一人ひとりの全身や口腔の機能に合わせて、炎症をもたない口腔を形成し、今ある機能を可能な限り生かした口腔機能をの維持を行うオーダーメイドの歯科医療が重要になってくると思います。

歯科疾患とNCDsとの関係
図2
  1. Nowjack-Raymer, A Sheiham. Numbers of natural teeth, diet, and nutritional status in US adults. J Dent Res. ;86(12):1171-5, 2007
  2. K Wakai, M Naito, T Naito, et al. Tooth loss and intakes of nutrients and food : a nationwide survey ofJapan dentists. Dent Oral Epidemiol. 38: 43-49. 2010
  3. C Abnet, Y Qiao, S Dawsey, et al. Tooth loss is associated with increased risk of total death and death from upper gastrointestinal cancer, heart disease, and stroke in a Chinese population-based cohort. International Journal of Epidemiology, 34, 467-474, 2005.
  4. I Appollonio, C Carabellese, A Frattola, et al. Dental status, quality of life, and mortality in an older community population: a multivariate approach. J Am Geriatr Soc. 45(11):1315-23, 1997.
  5. K Fukai, T Takiguchi, Y Ando, et al. Mortality rates of community-residing adults with and without dentures. Geriatr Gerontol Int. 8(3): 152-9, 2008

高齢化社会における歯科診療と内科学

千葉 俊美 先生
千葉 俊美 先生

講師:千葉 俊美 先生
(岩手医科大学歯学部 口腔医学講座関連 医学分野・教授)

岩手医科大学附属病院歯科医療センター初診外来における現況:

 初診外来を受診した患者(n=1,391)を外来患者群(n=1,209)と入院患者群(n=182)に分け,患者数,性,年齢,合併(併存)疾患の有無とその疾患領域,残存歯数などについて検討しました.平均年齢は入院患者群(64.8 ± 14.6 歳)が外来患者群(55.1 ± 18.8 歳)と比較して高値でしたが,合併疾患を持ち合わせている外来患者群の平均年齢は51.0 ± 18.4 歳であり入院患者群と同等でした1).外来患者群の合併疾患の領域は,循環器疾患,内分泌・代謝疾患,精神神経疾患の順に多くみられ(図1),入院患者群では,周術期,化学療法施行前,ステロイド投与前,骨粗鬆症治療薬投与前などの口腔内精査目的でした.残存歯数の中央値は,入院患者群で有意に残存歯数が少なく,年齢と残存歯数に有意な負の相関を認めました(図2).以上のことから,合併症を持ち合わせる患者や高齢者を対象とした歯科診療が相当数認められ,それぞれの症例の合併疾患とその病態把握を行ったうえで,歯科診療を行うことが肝要であることを確認しました

本学歯科病棟における内科回診:

 週1回本学歯科病棟で内科回診を行っています.併存する内科疾患の約半数は循環器疾患および内分泌代謝疾患が占めており,対象患者全体のおよそ25%に抗血栓薬の内服を認めました.観血的治療に関する抗血栓療法について,「日本有病者歯科医療学会,日本口腔外科学会,日本老年歯科学会 科学的根拠に基づく抗血栓療法患者の抜歯に関するガイドライン2015年改訂版」および「日本循環器学会 2020年改訂版不整脈治療ガイドライン」などにおいて,抗血小板薬および抗凝固薬継続下での抜歯を含む観血処置が推奨されています2).

外来受診の多い疾患:高血圧,糖尿病の最近の話題

1)高血圧症:

「日本高血圧学会高血圧治療ガイドライン2019」において,診察室血圧140/90 mmHg以上の場合を高血圧,120/80mmHg未満を正常血圧と定義し,120-139/80-89mmhgは正常高値血圧・高値血圧と分類しています.降圧薬治療は1日1回投与を基本として,2剤併用の際には配合剤が推奨されており,配合剤はアドヒアランス(支持)を改善し,血圧コントロールの改善につながると提唱しています.

2)糖尿病:

 糖尿病治療において,合併症予防のための血糖コントロール目標値はHbA1c 7.0 %未満が設定されていますが,日本老年医学会における65歳以上の糖尿病治療の目標値はHbA1c 7.5-8.0%である一方で,HbA1c の下限値を6.0-7.0 %に設定しており,高齢者における低血糖の発症に注意しています.最近の糖尿病治療薬ではDPP-4 (dipeptidyl peptidase-4)阻害薬の処方数が増えており,さらに,腎臓の近位尿細管のグルコース再吸収を阻害して尿糖排泄量を増加させるSGLT2(ナトリウム/グルコース共輸送体2 :sodium/glucose cotransporter 2)阻害薬(経口薬)および小腸から分泌されるホルモンで膵臓のインスリン分泌を促す GLP-1(Glucagon-like peptide-1)受容体作動薬(皮下注射)が注目されています.

消化管運動機能から見た術前経口摂取制限について:

 歯科診療における静脈内鎮静法ガイドライン(改訂第2版2017)において,「術前の経口摂取制限は必要か.必要ならどの程度の制限か」のCQに対して,静脈内鎮静法を施行するにあたっては,術前の経口摂取制限を行うことが推奨され(推奨度A),さらに,「経口摂取制限としては以下の方法が推奨される(推奨度B):2時間前までclear liquids,6時間前まで牛乳,軽食,8時間前まで通常の食事の摂取可」を提唱しています.これは,栄養素による胃排出時間の違いがあり,炭水化物(糖質)がおよそ2-3時間でもっとも早く排出され,蛋白は炭水化物のおよそ2倍の時間がかかり,脂肪は最も胃排出時間が遅延することから示されていると考えます.欧米からはAmerican Society of Anesthesiologists (ASA)の鎮静法ガイドラインにおいて経口摂取制限の実施が推奨されています (レベルⅠ).

咽頭・食道内圧測定:

多チャンネルのカテーテルを用いた咽頭・食道内圧測定検査が嚥下および食道運動機能の検査に有用であり,嚥下機能の詳細について検討が可能と考えます(図3).

咽頭内圧測定

まとめ:

高齢化社会に伴う疾病の疫学,病態および治療などの動向を引き続き注視し,歯科医師の先生方と共にさらなる歯科医療の向上を図って参りたく思います.

文献

  1. 千葉俊美,千田弥栄子,野田 守,三浦廣行.岩手医科大学歯学部初診外来の現況.岩医大歯誌2019;44:1-9.
  2. 小松?子,川井 忠,山田浩之,千葉俊美.歯科診療における抗血栓療法~止血管理の現状~.岩医大歯誌2021;45:105-119.

訪問歯科診療における課題 ~日常の困りごと~

杉浦 剛 先生
杉浦 剛 先生

講師:杉浦 剛 先生
(岩手県開業医勤務 岩手医科大学歯学部 非常勤講師)

 本講演では「訪問歯科診療における課題~日常の困りごと~」と題して演者が訪問歯科診療で遭遇した、「困りごと」について以下の項目について紹介した。

BP製剤服用中の症例

 BP(ビスフォスフォネート)製剤服用中で顎骨骨髄炎を発症した場合、訪問歯科診療ではP急発と同様の対応で対処できる場合がある。日本骨代謝学会のビスフォスフォネート関連顎骨壊死に対するポジションペーパー(2011年11月部分改訂)によれば、
① 可能であれば歯科治療終了後にBP製剤を投与する。
② BP製剤の休薬が顎骨壊死を予防するという臨床的エビデンスはない。
③ 骨のリモデリングを考慮して3か月程度の休薬期間が望ましい。
と示されている。
 ビスフォスフォネート関連顎骨壊死の局所的リスクファクターは主に骨への侵襲的歯科治療、口腔衛生状態の不良、歯周病や歯周膿瘍などの炎症とされているが、演者が体験したBP製剤に関連した顎骨骨髄炎の対応としては、
① 口腔内を清潔に保つ
② 抗菌性洗口剤の使用
③ 歯周ポケットの洗浄
④ 局所的な抗菌薬の塗布・注入
⑤抗菌薬の服用
の順番で行った。
 炎症がおさまらない場合は大学の歯科口腔外科へ依頼して抗菌薬の静注、腐骨除去を行う。ただし、訪問診療の対象者は全身状態が低下しているため、抗菌薬の投与で経過観察となる場合もある。長期的に経過観察を行った場合、1年程度で腐骨が分離して自然に顎骨から排出される症例もあった。

インプラントへの対応

 訪問診療で口腔内にインプラントを埋入された患者が増加傾向にあるため、これからはインプラントへの対応が必要である。部分的なインプラント補綴で残存歯がある場合は通常の口腔ケアで対応可能であるが、全顎的なインプラント補綴の場合はすべての治療が保険診療適応外となるため、患者およびその家族と治療費についてよく相談して訪問診療を行う必要がある。訪問診療の患者にはインプラント施術後に骨粗鬆症の診断を受け、BP製剤の服用または注射を開始した症例もあるため、注意が必要である。

誤嚥性肺炎予防のための口腔ケア

 訪問歯科診療において誤嚥性肺炎予防のための口腔ケアは重要であるが、口腔ケアの際に食物残渣や歯垢を誤嚥させてしまうと死亡率が上がるという報告があるため、注意が必要である。特に誤嚥性肺炎の既往がある場合、演者らは歯石、プラークの除去よりも誤嚥させないことを優先して口腔ケアを行うようにしている。また、経管栄養を行っている場合は誤嚥のリスクが非常に高いため、口腔ケアで使用する歯ブラシやスポンジをティッシュなどで拭き取り、余計な水分を口腔内に溜めないように留意している。

介護現場での多職種連携

 歯科医院での診療をホームグラウンドで行うものとすれば、訪問歯科診療は全くのアウェイで試合を行うようなものである。診療室では歯科医師を中心とした一つのチームとして歯科診療を行うため、機材も設備もスタッフもすべて歯科診療に対応すべく準備されているが、介護現場ではほとんどの機材は持ち込む必要があり、設備はその場にあるベッドや椅子、テーブルなどを利用している。同行するスタッフ以外は施設の職員か患者の家族であり、歯科診療に協力していただけるかどうかはその都度お願いする必要がある。介護現場ではたくさんの職種の方が働いていて、誰が何を担当しているのか初見で見抜くことはほぼ不可能であるため、歯科治療に対する理解を深めて協力を仰ぐという、こちらから歩み寄る姿勢が重要となる。職種別の特徴について演者の視点から以下に列挙する。

ケアマネージャー

 患者の介護サービスを把握しているため、治療日程の調整、患者とその家族の意向(治療の同意)の把握などの際に協力してくれる。

介護士

 介護施設の主力であり、施設で最も患者と接しているため、患者の日常生活の様子など把握する際やベッドや車椅子への移乗などで協力してくれる。

看護師

 治療内容の説明に対して理解力が高い。服薬や医科の受診状況など把握しているため、歯科の投薬や、医科の休薬などで協力してくれる。

言語聴覚士

 言語のリハビリテーションのみならず、摂食嚥下のリハビリテーションを行っている場合もあるので、今後連携を深めていく必要がある。

 今後、本研修会の内容を共有していただくことで、訪問歯科診療に携わる方々の負担を減らし、要介護者の口腔保健の向上に寄与できれば幸甚である。