岩手医科大学
歯学部同窓会

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第73回(令和5年6月5~19日)

オンラインセミナー

世界初の歯周組織再生剤「リグロス®」の日常臨床応用

講師:佐々木 大輔先生
(岩手医科大学歯学部 歯科保存学講座歯周療法学分野 准教授)

佐々木 大輔
佐々木 大輔 先生

はじめに

 歯周病は日本人の70%以上が罹患している病気です。その中でも,歯肉縁下プラーク中に存在する歯周病原細菌が初発因子として発症する歯周疾患に対して,日常臨床では様々なアプローチがなされてきました。スケーリング・ルートプレーニングをはじめとする歯周基本治療、またそれだけでは治癒しない深い歯周ポケットに対しては,歯周外科治療の一つであるポケット除去療法といったアプローチです.
 このポケット除去療法には,歯肉を切除してポケットを除去する「切除療法」また歯根面に歯肉上皮を再付着させてポケットを除去する「組織付着療法」があり,実際の臨床の場で広く普及しました.しかし,確かにポケットは除去されるものの,歯肉退縮による歯根露出やブラックトライアングルの出現といった審美的問題.また組織学的にも,歯肉上皮のdown-growthといった上皮性付着の治癒形態であるため,正常な歯周組織で見られる生物学的幅径(骨縁上組織付着)の回復には至らないという欠点がありました.そこで近年,正常な歯周組織に回復させる試み,「歯周組織再生療法」がポケット除去療法の一つとして加わります.
 これまでに日本では骨移植術,Guided Tissue Regeneration(GTR 法),エムドゲイン®(EMD)といった歯周組織再生材料を用いた歯周組織再生療法が日常臨床で行われてきました。そして2017年,新しい歯周組織再生療法が加わります.世界初の歯周組織再生剤として「リグロス®︎」が日本の臨床の場に登場しました.

リグロス®︎の特徴

 日本の保険適用となる「リグロス®︎」(科研製薬)は遺伝子組換えヒトbFGF(塩基性線維芽細胞増殖因子)を主成分とした薬剤となります。この塩基性線維芽細胞増殖因子には二大作用があり,一つは未分化間葉細胞を未分化なまま増殖させる作用.もう一つは血管新生を促進させる作用です.この二大作用が歯周組織再生に有効であることから,塩基性線維芽細胞増殖因子に操作性を向上させることを目的とした溶媒(ヒドロキシプロピルセルロース:HPC)と混合し商品化されたものが「リグロス®︎」となります.歯科臨床の場においては世界初の歯周組織再生剤として登場しましたが,医科分野ではリグロス®︎とは異なる濃度で既に商品化されていました.2001年より医科臨床の場で使用されてきたのが「フィブラスト®︎スプレー」です.適応症例は,寝たきりの患者さんの床ずれ時に発症する褥瘡や火傷等であり,効能としては上皮化促進作用,線維芽細胞増殖作用,血管新生作用となります.使用時は対照群と比較し治癒期間が短く,そして審美性にも優れた治癒形態をたどる薬剤として,現在も医科臨床の場で使用されています.従って医科では22年前より実用されていた塩基性線維芽細胞増殖因子ですが,歯科臨床の場で使用されるようになってからは今年で6年目となります.そこで今回の講演では,現在までのリグロス®︎の臨床効果を振り返り,そして今後の展望についてお話しさせていただきたく思います.

リグロス®︎
リグロス®︎

適応症例

 垂直性骨吸収であれば,どのタイプの骨欠損様式でも適応となるのがリグロス®︎の強みです.骨移植,GTR 法,EMDといった歯周組織再生療法は主に2壁,3壁の骨欠損に適応となる歯周組織再生療法です.これが今までの歯周組織再生療法と大きく異なる点となります.また根分岐部病変に対してはLindheとNymanの分類で3度以外,つまりファーケーションプローブ(根分岐部用探針)を用いて根分岐部が貫通していない症例であれば適応となります.

術式のポイント

科研製薬のリグロスHP

https://regroth.jp/product/pdf/12_regroth_FlapOperation.pdf)には,「歯肉剥離掻爬術に準ずる」との記載がありますが,切開は「歯肉溝切開」で行うことがより効果を得られると考えられます.口腔内の外科治療に精通している先生であれば,MIST: Minimally Invasive Surgival Technique(低侵襲外科テクニック)やその改良版であるM-MIST:Modified-minimally Surgival Technique(改良型低侵襲外科テクニック)といった切開法を用いるとなお効果的です.

効果

 術後36週での新生歯槽骨の増加量ですが,フラップ手術の0.676mmに対してリグロス投与群は1.945mmと有意に歯槽骨増加が見込める結果となっています.また特筆するべきは新生歯槽骨の増加量の経時的変化です.フラップ手術では術後24週で新生歯槽骨増加がほぼプラトーに達するのに対し,リグロス投与群は術後36週の時点においてもまだ新生歯槽骨の増加を認めます.私の症例では術後48週目まではほぼ変化を認めなかったものの,その後新生歯槽骨増加を認め,術後120週まで新生歯槽骨増加を認めた症例を経験しています.つまり短期間で一喜一憂するのではなく,長期間に亘り経過を追っていく必要がある歯周組織再生剤と言えます.

第Ⅲ相試験(エナメルマトリックスデリバティブ対照比較試験)

第Ⅲ相試験(エナメルマトリックスデリバティブ対照比較試験)

第Ⅲ相試験(エナメルマトリックスデリバティブ対照比較試験)
新生歯槽骨の増加量の経時変化

第Ⅲ相試験(エナメルマトリックスデリバティブ対照比較試験)新生歯槽骨の増加量の経時変化

使用上の注意

 本剤の成分に対し過敏症の既往歴のある患者,口腔内に悪性腫瘍のある患者またはその既往歴のある患者には使用禁忌となっています.留意してください.そして最近になり報告が上がってきたのが,「術部位周辺に硬結,肥厚,腫瘤等が生じる可能性」です.付着歯肉幅が狭い症例や減張切開,歯肉歯槽粘膜境を超える縦切開をリグロス塗布部位に行った症例で発現することがある,との報告があることから,リグロスを使用する症例に対しては付着歯肉幅,切開法については十分検討してからの使用を推奨します.

使用上の注意

日常臨床への応用

 歯周組織再生剤として販売されていることから,歯周炎により喪失した歯周組織の再生剤として使用を検討することが多いと思いますが,他症例に対しても応用可能と思われる私が経験した症例を講演では発表させていただきました.
 一症例目は,他院にて矯正治療を開始したが矯正力が過大であったため,根尖にまで及ぶ骨吸収が生じた症例です.二症例目は,下顎右側第三大臼歯は健全であるものの,下顎右側第二大臼歯は根尖にまで及ぶ骨吸収を認め,本来抜歯→Bridgeを検討するべき症例ですが,下顎右側第三大臼歯のクリアランス不足によりBridge困難と思われる症例です.どちらの症例もリグロスを使用し,抜歯を行わず保存することが可能となりました.つまりリグロスはただ単に歯周組織再生だけではなく,オーバートリートメントを行ったしまった際のリカバリーとしての一つのオプションとして,また治療計画の幅を広げるオプションの可能性を秘めた薬剤となっております.

今後の展望

 2021年に私が所属する岩手医科大学歯学部歯周療法学分野が主管した,「第64回春季日本歯周病学会学術大会」が開催されました.リグロス®︎が日常臨床に使用され始めてから5年目を迎える節目の年であったことから,リグロス®︎の開発第一人者である大阪大学大学院歯学研究科歯周病分子病態学教授村上伸也先生にご講演いただきました.その際に,「リグロス®︎は育薬である」,というお話しをされております.市場に出てきた時点が完成品ではなく,使用する人みんなが育てていく薬であって欲しい,という願いが込められています.私の症例ではないですが,ただ単なる歯周治療のための薬剤というだけではなく,多岐に渡る可能性を秘めた薬剤,それがリグロス®︎となります.本講演が一つのきっかけとなり,日常臨床で遭遇する様々な症例に対する治療計画の一つのオプションとしてリグロス®︎を考えていただければ幸いです.

最後に

 今年3月,岩手医科大学歯学部は53期生が巣立ちました.私は33期生となります.つまり歯科医師となって今年がちょうど20年目という節目の年となります.そのような歯科医師人生の節目の時期に,岩手医科大学歯学部同窓会学術研修会という大変名誉ある会での講演の場を設けていただきました岩手医科大学歯学部同窓会会長の三善潤先生,また学術研修部部長八木正篤先生をはじめとしました同窓会会員の皆様に深く感謝申し上げます.
 なお本稿に関して開示すべき利益相反はありません.

新規骨補填材料、リン酸八カルシウムコラーゲン複合体「Bonarc®」の基礎研究から市場までの概要と、特徴、使用方法について

講師:川井 忠
岩手医科大学歯学部口腔顎顔面再建学講座口腔外科学分野

川井 忠
川井 忠先生

 ボナーク®は、リン酸八カルシウム(Octacalcium phosphate: OCP)とブタ皮膚由来アテロコラーゲンとの複合体であり、その重量比を10:3としたスポンジ様の骨補填材料である。径9mm、厚さ1.5mmのディスクタイプや、径9mm、厚さ10mmのロッドタイプの2種で作製している(写真1)。ボナーク®は熱架橋処理を施されているため、容易に崩壊はしない。またOCPは通常のX線撮影条件では不透過性を示さないため、ボナーク®自体にも強いX線不透過性はない。そのため、経時的な硬組織への転換がX線不透過性の亢進として確認できるユニークな材料である。
 OCPは歯や骨などの生体アパタイトの前駆物質と言われており、実際に生体内でのOCPの存在が確認されている。1990年代からOCPに関する基礎研究が行われ、細胞実験や動物実験にてOCPはβ型リン酸三カルシウムやハイドロキシアパタイトよりも骨再生能が優れていることが確認された。しかしOCPはその性質上、焼結などでの形態付与ができないため、顆粒状での材料として作製されてきた。しかし、顆粒状では操作時に注意が必要となるため、操作性の改善を目的にOCPとコラーゲンを複合化した材料が開発された。その結果、OCPとコラーゲンの複合体は、操作性が改善するのみなく、OCP単体よりもさらに骨再生能が向上することが確認され、2005年に報告された。その後、OCPとコラーゲンの重量比やOCPの顆粒径などの材料学的な最適な条件が確認され、現在のボナーク®の原型となるOCPコラーゲン複合体が完成した。その後は臨床応用を目指し、2006年より橋渡し研究としてイヌを用いた動物実験(写真2)、2011年より東北大学のみでの第二相臨床試験、2015年より多施設での企業主導治験(第三相臨床試験)が行われ、2019年5月29日には製造販売の承認を得て、2022年6月中旬からボナーク®として販売開始となった。
 ボナーク®の骨再生能は、主にOCPによって発揮される。OCPは骨類似アパタイトの前駆物質であるため、生体内環境下では準安定相である。生体内に置かれると不可逆的に骨類似アパタイトへ転換し、その転換過程においてCaイオンを多く取り込む一方で無機リン酸イオンを多く放出するといった溶解性を示し、また他のリン酸カルシウムと比較して異なるたんぱく質を吸着するなど、特異的な反応を示す。そういった生体内環境での反応が、周囲の骨髄由来間質細胞を骨芽細胞様細胞へ分化させることから、OCPは骨再生においては担体としてのみでなく、成長因子にも似た働きを持つことが示唆されている(写真3)。組織学的には、OCP顆粒を核として、新生骨が周囲に形成されることが確認されている。コラーゲンにも骨再生に関わる役割があり、1つは骨再生に関わる細胞の接着能向上が挙げられる。さらにOCPコラーゲン複合体の作製過程でコラーゲン表層にもOCPが析出している可能性が示唆されており、コラーゲン表層からも新生骨が形成されている様子も確認されている。また、OCPコラーゲン複合体による新生骨を免疫染色で評価したところ、骨形成や血管形成に関わる細胞の分化が確認されている。OCPとコラーゲンそれぞれの特徴が相まって、優れた骨再生能が発揮されると考えられている。
 ボナーク®の適用範囲は、「上下顎骨・歯槽骨の骨欠損部または空隙部への充填による骨再生治療を目的として使用されるもの」となっており、インプラント治療を前提とした骨造成、嚢胞摘出腔、顎裂部への適応もこれに含まれる。顎裂への使用は保険治療での適応を目指しており、手続き中であるが、2023年6月現在ではまだ認められていない。他市場の骨補填材のほとんどが歯周病による骨欠損に対して認可を得た後に販売され、適応外としてインプラント治療前提の骨造成に使用されていることが黙認されてきた。そういった事実に対して、ボナーク®は正式にインプラント治療前提の骨造成に適応を得ており、使用を可能にした(写真4)。歯周病による骨欠損については、治験の対象疾患に含まれてはいなかったが、薬事上の適用範囲に含まれており、材料としての有効性は十分考えられるので、将来歯周病への適応も検討してもいいかと思われる。
 ボナーク®の使用容量については、欠損に対して過剰に填入すべきではないと考えられる。過剰に填入しても術後に創部から漏出してくる可能性がある。治験ではプロトコール上、欠損部容積に対して100~150%程度の使用と記されていたが、100%前後で十分と考えている。ボナーク®のそれぞれの形態の容積を考えてみると、ディスク型は径9㎜、厚さ1.5mmなので容積は約0.1㏄であり、ロッド型は径9㎜、厚さ10㎜なので容積は約0.6㏄である。この値を参考にして、骨欠損の容量、必要な骨増生量から、実際に必要なボナーク®の分量を考えて使用すべきと思われる。
 コラーゲンの特性があることから、骨欠損部からの出血に対しては止血剤の様にも作用する。またコラーゲンの接着性により、サイナスリフト時での上顎洞粘膜の小さな裂孔であれば、ディスクタイプのボナーク®をメンブレンのように置くことによって裂孔を被覆でき、手術を続行することができる。また顆粒状の材料のように填入した材料が漏出することは無いので、ラテラルウィンドウ部をメンブレンなどで被覆する必要もない。
 ボナーク®は操作性と骨再生能が他の材料に比べて優れている。さまざまな骨欠損に対しての適応が期待されており、その使用方法についても今後の研究によって明らかにしていきたい。

写真1

ボナーク®

写真1.ボナーク®(東洋紡)。左がディスクタイプ。径9㎜、厚さ1.5㎜。容積にすると約0.1㏄。右がロッドタイプ。径9㎜、厚さ10㎜。容積にすると約0.6㏄。

写真2

写真2.イヌでの抜歯窩即時インプラント埋入。(a)2本の抜歯窩を拡大し、左には周囲から採取した自家骨、右には東洋紡で作製したボナーク®を填入。(b)術後3か月での軟X線写真。30KV、5mA、20sec。自家骨とボナーク®はインプラント体に対して同等の親和性を持つ。

写真3

ボナーク®

写真3.OCPによる骨再生促進概念。OCPが骨類似アパタイトへと転換している過程でのさまざまな反応が周囲環境に影響を及ぼし、骨再生促進に働いている。

写真4

写真4.企業主導での治験症例。サイナスリフト2回法。(a)術前パノラマX線写真の一部。上顎洞底は数㎜であり、隔壁を認める。(b)隔壁を避けてdouble windowでボナーク®を填入。(c)術後6か月でのX線パノラマ写真の一部。骨増生部にインプラント体を植立。(d)最終補綴物装着。